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学長対談#005 草の根のサッカー、頂点を目指すサッカー

#005 草の根のサッカー、頂点を目指すサッカー

 (左:永田学長、右:田嶋 幸三氏)

プロフィール

田嶋 幸三(たしま こうぞう) 氏 公益財団法人日本サッカー協会会長

変わりゆく日本サッカー界

永田:私はサッカーが大好きです。前々から一度、JFA(日本サッカー協会)という大きな組織を束ねられている田嶋さんにお話を伺いたいと思っていました。JFAはどんどん変わっている印象があります。最初の変革はJリーグができた時だと思います。

田嶋:あの時期は、Jリーグの立ち上げと同時に2002年のワールドカップの招致活動もしていました。プロリーグをつくって代表チームを強くしてワールドカップに出よう、という理念が根底にありました。1993年のJリーグ開幕年に、「ドーハの悲劇」(日本が94年ワールドカップ出場を逃した対イラク戦)がありました。Jリーグが爆発的な人気となり、日本のサッカーがとても盛り上がっていた頃でしたから、いろいろな意味でみんなが刺激されましたね。

永田:サッカー界全体として落ち着いてきたのはいつ頃からですか?

田嶋:1998年のワールドカップに日本が初めて出てからですね。Jリーグができてユースの育成がしっかりしてきたこと、それに併せて指導者養成もレベルアップが図られるようになりました。まさに筑波大学でもやっていた人材育成です。ラモス(瑠偉)も来ていましたね。

永田:ワールドカップ出場のような大きな目標を掲げ、その実現に向けて国内を盛り上げ、2002年の大会招致もできたし、サッカー界は順風満帆でしたね。ただ、僕の印象だと、2010年代に入ってからいったん、Jリーグに陰りが出たように思います。

田嶋:地上波での中継が減りましたからね。今回、年間210億という今までの4倍近い放映権の契約を、英国動画配信大手のパフォームグループ(DAZN)と結び、いろいろなデバイスでJリーグの試合が見られるようになりました。こういう方法でコンテンツとしてのスポーツ中継を見る文化というのはまだよくわかりませんけど、これからはそういう時代になる。その先駆けを、まずJリーグでやろうとしています。

永田:ある時期から、試合の中継がテレビの地上波から消えて、有料の衛星放送になりましたよね。もちろん重要な試合は別ですけど、誰でも試合が見られるということではなくなりました。それはちょっと残念な気がしていました。

田嶋:おっしゃる通り、メディアの露出が減るというのは影響があります。JFAは、ユニバーサルアクセス権、つまり、日本代表や大相撲などのビッグなスポーツは地上波にのせるべきだというポリシーでやってきました。今回の試みとは別に、これからもJリーグの大切な試合は、地上波にのせたいと考えています。

永田:子どもたちができるだけ身近に、サッカーを目にできる環境が大切だと思います。親が見せるとか録画しておくというのではなくて、なにげなくチャンネルを回している中で、試合をリアルタイムで見られるような。その方がインパクトがありますよね。

田嶋:やはりスポーツの醍醐味は生で見ることですからね。できればスタジアムに行って観戦して欲しいです。


多様なレベルでサッカーを楽しむ

永田:もう30年ほど前になりますけど、ニューヨークでの留学から戻って三島(静岡県)の国立遺伝学研究所にいた頃、どうしてもサッカーをやりたくて、大学院生や若い職員を集めてなんとかチームを作りました。15人ほどいたメンバーのうち、サッカー部出身者は3人ぐらいしかいないのに、みんな小中学校の時に体育の授業や遊びでそれなりに経験しているんですよね。だから練習しているうちに、なんとなく体が思い出してくるんです。地元のリーグに参加して、弱小なりにも少しずつレベルを上げて、そこの2部リーグまで行きました。体力や技術も必要ですが、素人の寄せ集めみたいなチームでも、人の配置や作戦をいろいろ工夫すれば、それなりに勝つことができる、それがサッカーの面白さですね。

田嶋:我々も今、グラスルーツの活動に力を入れていて、キッズからシニアまで、男性も女性も、さらに障害のある人も、幅広くサッカーに親しめる環境を作ろうとしています。プロや大学のリーグもありますが、サッカー協会はすべての階層のことを考えなくてはなりません。

永田:アメリカにいた時のことですが、町にサッカークラブがあって、そこに登録していました。いろいろなレベルの人たちがいて、面白いのは、チームという概念がなくて、登録すると、まずどの試合でもいいから一回プレーしてみて、それで自分のレベルが判定されます。そうするとあとは、グランドにいくと、今日はどの試合に出るように、とその場で振り分けてくれるんです。チームじゃなくて個人で登録するので、自分の時間が空いた時に行けば、どこかの試合に入れてもらえる。これは良いシステムです。そういう体制が整っていて、地域レベルでエンジョイできるように工夫されているんですね。上達すればカテゴリーも上がっていく。いつ行っても、人数を気にすることなく、楽しくサッカーができる。忙しい社会人にとっては、チームとして参加するよりも便利だと思います。

田嶋:それはかなりシステマティックですね。それをコントロールするのは結構大変でしょうね。我々も、フットサルでそういう仕組みを取り入れているんですが、意外と難しい。いきなり初めてのチームに入ってプレーするというのは戸惑いがあるのかもしれません。そこは研究する必要がありそうです。アメリカは、インフラが整っているのもうらやましいですね。だだっ広いところにグランドが何面もある。日本だと学校ぐらいですよね。

永田:そういう市民向けの新しいシステムが欲しいですね。健康増進やスポーツで、地域レベルでの交流を図るというのは、まだ日本では定着していませんね。そういうところに、例えば土曜だけ形成外科とかリハビリの先生が参加して相談にのる、というようなこと、スポーツを通じてそれ以外のことも一緒にできるようになると、今までにない地域文化ができます。地域に1か所でも人々が集まれる拠点があれば、みんなやってくると思うんです。でもチーム単位となると、集まる以前のハードルになってしまう。個人単位で、行けば何かできる、人気の高いサッカーを入り口にして、他の競技のきっかけにもなるような、そういう風になるといいですね。まちづくりそのものにサッカーがコミットできます。

田嶋:まさに、そういうところをもっと推し進めていきたいと考えています。週1回でもサッカーをするのは健康にいいという研究結果もありますからね。筑波大では、学生が地域のサッカースクールに行って指導したりしています。そういう種を蒔く行為は、長い目で見てすごく意味があると思います。こういった活動が定着すれば、先ほどのような、いつでも行けばできるというシステムが作れるかもしれませんね。


トップを目指すための必須条件

田嶋:その一方で、僕はやっぱり筑波大の後輩たちにはぜひ、世界を目指してほしいと思っています。今、AFC(アジアサッカー連盟)やFIFA(国際サッカー連盟)にも携わっていて、世界の動きを見るにつけ、その気持ちは強くなります。最近の若い人たちは、ガラパゴスじゃないけど、自分が今いる範囲の中でやっていればいいという感じになっているように思います。

永田:全く同感です。Jリーグ構想もそうだったように、トップにいる人たちは世界の最先端でなければいけません。後に続く人たちはそれを見て、憧れたり目標にしたりして頑張れるわけです。全体としてレベルアップしていくためにも、世界で活躍することが当たり前になることが重要です。筑波大ではそれを「国際性の日常化」と呼んでいます。国際化しようと声高にいうのはやめて、国際的な状況が普通になるようにしようと。サッカーは世界共通言語のようなものですから、ある意味、最初から目指すべき世界が明確に見えていると思います。そういう点で、田嶋さんにとって、筑波大学で学ばれたことは価値がありましたか?

田嶋:それはもちろんです。僕は学群生の頃はあまり真面目な学生ではありませんでしたが、古河電工という社会人チームでプレーしてから大学院に入りなおした時の勉強はとても楽しくて、なぜ学群生の時にもっとやらなかったんだろうと反省しました。ドイツに留学するチャンスを得て、ケルンのスポーツ大学へ行くと、ますます授業が面白くなった。そこで勉強したことは、日本でやっている指導者養成とは全く違ったんです。毎日毎日、目から鱗がおちるようなことをたくさん学び、これは絶対に日本へ持って帰りたいと思いました。帰国して、筑波大の先生や教育大の先輩たちがやっていたものを改革させてもらうことになりました。Jリーグ立ち上げのとき、川淵(三郎)チェアマン(当時)が、プロチームの監督の条件としてS級ライセンスの取得を義務化しました。ところが、Jリーグ発足が迫っていたので、促成栽培でやらなくては開幕時に間に合わなくなったんです。それで、わずか2週間のプログラムでS級ライセンス講座を実施しました。開始当初のJリーグは、10チームのうち8人が日本人監督でしたが、2年後、チーム数は14に増えたのに日本人監督はたった3人になってしまった。なんとかしなくては、ということで、1996年に筑波大に寄付講座を置いて、ドイツで学んだことを日本流にアレンジした新たなプログラムでの指導者育成を始めました。ここから、Jリーグの監督もずいぶん輩出しました。このプログラムは、さらにカンボジアやラオスなどに輸出もしています。

永田:競技そのものの他に、マネジメント、トレーニング、健康など、スポーツやアスリートを取り巻くことすべてを含めて、大学で勉強したことに意義があったということですね。

田嶋:その通りです。僕はU-17、U-19の代表監督をやりましたが、その時にやはり、これは心理学も生理学も教育学も全部学んでおかないととても追いつかない、ということを実感しました。逆に、岡田武史さんは、もともと政治経済を学んだ人ですが、代表監督になってみてスポーツを勉強しないと無理だとわかったそうです。だから、そういうキャリアを志す者はぜひ勉強しておいてほしい、そう思います。

永田:より幅広く活躍できるためには、優れたアスリートというだけではダメなんですよね、それなりに勉強しなくては。スポーツの世界でも、学問とか研究とかの堅苦しいことではなくても、勉強するというムードが大切だと思います。学ぶ姿勢のある人が、どんな分野でも優れた結果を出しています。

田嶋:選手に限らず、世界のトップクラスで活躍する人材をもっともっと育てたいですね。そういう部分で貢献できるとうれしいです。

永田:スポーツの持つ価値は全般的に高まってきています。競技、指導、トレーニング、リハビリなど、スポーツに関わるいろいろな場面で、筑波大の教職員や卒業生たちが力を発揮してくれています。草の根レベルからトップクラスまで、その中で大学としてできる努力をしたいと思っています。一緒にやっていきましょう。

 

 
(2017年4月掲載)

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