印刷

お知らせ・情報

移りゆく大切な瞬間を映像に残して(映画監督 甲斐博和氏)

2019/10/11

映画監督
甲斐博和氏

-映画に関心を持ったきっかけはどのようなことだったのでしょうか。

もともとは芝居がやりたかったんです。舞台や映画を見たことはほとんどなかったのですが、中学生の頃に、自分の体ひとつでできる仕事に就きたいと思って、役者かな、と。それで、ある演劇のワークショップに参加したら、すっかりハマってしまって。

大学の演劇サークルでも、みんなで稽古場に入り浸っているのが楽しかった。2年目からは脚本も書くようになりました。その夏休みに、東京の劇団員たちと一緒に芝居をする機会があって、それは大学でやっているのとは大違いで刺激的で、のめりこみました。大学をやめるつもりで、両親に土下座までしましたが、卒業だけはすることにしたんです。

結局、大学には5年いました。でも最後の1年間は、在籍だけして海外を放浪しました。大学がそれを許してくれたことはとてもありがたかったですね。その時に、フランスでなんとなく見た台湾映画に衝撃を受けたんです。台湾語のセリフにフランス語の字幕なのに、言葉がわからなくても伝わってくる。映画の素晴らしさに気づきました。

-筑波大学での学びや生活は、演劇や映画制作に役立つものでしたか。

父親の仕事の関係で、高校の2年間を南米のチリで過ごしました。日本に戻って帰国子女枠で受験できる国公立、となると、筑波大一択だったんです。それまで男子校だったので女子が多そうなこと、それに、芝居がやりやすいだろうと考えて、人間学類を選びました。

一度はやめようと思ったとはいえ、大学や勉強が嫌だったわけではないので、学生生活は楽しかったです。他の学類の授業も履修できたので、体育専門学群の鍼灸マッサージとか、知りたいと思ったことは何でもやってみました。一時期、住む場所がなくなって、スーツケースと寝袋を抱えて、学内のあちこちで寝泊りをしていました。落語研究会の部室の座布団にくるまって、一人でクリスマスを過ごした時は、さすがに、何やってんだ、と思いましたが、学内全体が自分の家みたいで居心地は良かったです。図書館なんかも好きな場所で、よく通いました。

つくばは、ちょっと閉鎖的だけどなんでも揃っていて、そこで完結できる。だからこそ人間関係が密になる。その中で、人の気持ちって何だろう、わかりあうってどういうことだろう、と考えるようになりました。それが現在の芝居や映画のテーマになっています。社会心理や、環境と人間の関係性などを学んだことも影響しています。やっぱり勉強して良かった。

-初めて撮った映画はどのようなものでしたか。

卒業後は、自分で脚本を書き、仲間を集めて芝居をプロデュースしていました。その頃、住んでいたアパートを立ち退くことになったんです。一軒家を大家さんとシェアしていて、庭付きの風情のある家でした。とても気に入っていたので、何かの形で残したくて。自分の好きな場所に自分の物語を残す、それは映画でしかできないことでした。

でも、映画のことは何も知らなくて、とりあえず、小津安二郎語録を読んで勉強しました。カメラも用意して、総勢5人で、たった一日で撮影したのが、最初の映画です。劇場上映はありませんでしたが、映画コンペで入賞できて満足したので、また芝居に戻るつもりでした。

ところが、芝居にはあんまりお客さんが来てくれなくて。やっぱり宣伝って大事なんですよね。映画ならDVDなどでも配れるし、自分の名前も知ってもらえると思って、また映画を撮り始めました。短編を何本か撮ってから、長編作品にチャレンジしました。それが「イノセント15」という作品です。2月に撮影したのですが、一ヶ月後に締め切りを控えたカンヌに出品すると宣言してしまったので、ものすごい急ピッチで仕上げました。カンヌはダメでしたが、国内外の映画祭では評価されて、劇場公開もできました。

-今後の作品ではどんなテーマを扱う予定でしょうか。

学生の頃から教育に興味があって、卒論もフリースクールに関するものでした。実は今、子どもシェルターでボランティアをやっていて、いろんな事情で家族と暮らせない主に18歳未満の男の子たちの面倒をみています。かなり悲惨な状況の子もいて、大人から見ると、いくらでも逃げる方法があるだろうって、その無知さと純粋さが歯がゆいんですよね。「イノセント15」も、決して幸福ではない環境にいるティーンエイジャーの気持ちのずれ、みたいなことがテーマですが、ちょっとしたことで生じる感情の揺れ、といったものを描いていきたいと思っています。過去が匂いと共に蘇るみたいに、自分の中にずっと残るものを作りたいです。今までお世話になった人たちへも、作品を通じて恩返しをしたいですね。

-後輩たちへのメッセージを、是非お願いします。

大学生活は遊びの誘惑も多いですが、いざ勉強しようと思った時に、使えるツールがたくさんあるのが筑波大です。人も施設も、とにかく使い倒すときっと面白いと思います。つくばにいると、外に出たいって思うかもしれないけれど、内側でしかできないことをきちんとやっておくと、実際に外に出た時にすごく豊かに感じられます。いい意味で閉ざされた空間を満喫して欲しいです。

PROFILE

1977年 鹿児島県生まれ
2001年 筑波大学第二学群人間学類卒業
2001年、大学を卒業後、役者の道へ。
東京乾電池研究生を経て、2003年に劇団「TOCA」を立ち上げる。2006年より独学で映画を製作。WS作品『靴が浜温泉コンパニオン控え室』(2007/監督 緒方明)での共同脚本や、大阪C O 2での助成作品『それはそれ、』(2009)などを経て、隔年で短編映画を中心に製作を続ける。初長編映画「イノセント15」(2016 監督・脚本)が国内外にて受賞・劇場公開を果たす。

(TSUKU COMM【ツクコム】(筑波大学広報誌)vol.44より)

このページのトップへ