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誇れる独自性で飛躍する(AIRDO代表取締役社長 草野晋氏)

2020/08/24


株式会社AIRDO 代表取締役社長
草野 晋氏

-航空会社の社長というのはどんな仕事ですか。

社長といっても、航空機の運航については何もできません。パイロット、整備士といった専門的な知識や技術を持った人たちや客室乗務員、空港スタッフなど大勢の社員が力を合わせて初めて、安全で快適な運航を実現します。今でいう「ONE TEAM」の意識が大切です。ですから、私の仕事は、自分自身も含めて社員一人ひとりが、職場で必要とされている、やりがいを感じられるようにすることだと思っています。そしてまた、世の中に必要とされる会社であり続けられるために、社内外に何を伝えていくべきかを考えることが大切です。

AIRDOに来る前は、銀行に32年間、勤めていたものですから、移ってきてみて、安全はもちろんのこと、定時性、利便性、サービスと、保たなければならない品質がたくさんあって、本当に大変な仕事だと感じています。

オペレーションの中心拠点は羽田ですが、本社は札幌にありますので、両方を行ったり来たりしています。札幌では単身赴任で、これも初めての経験です。

-進学先として筑波大を選んだ決め手はありましたか。

出身は東京なのですが、父親の転勤で、小学校高学年から関西に住みました。大学進学の時に家族が東京に戻ることになって、関東の大学を受験しようと思い、高校の担任に相談したんです。そしたら、開学間もなかった筑波大を勧めてくれました。東京高等師範学校の流れを汲むいい大学だと聞いて、私もその気になりました。父に話しましたら、父は東京教育大学の前身の東京文理科大学への進学を諦めたことがあったらしくて、息子が筑波大を目指すことを喜んでくれて、自分も気持ちが固まりました。

高校時代から、アダム・スミスやマルクスの考え方に興味があって、経済学を学ぼうと社会学類を受験しました。受験で初めて訪れた筑波大は、広大な敷地に新しい校舎が立ち並んで、宇宙基地のようでした。建設中の建物もあって、キャンパスに勢いを感じましたね。入学して最初の授業で、資本主義社会の基本構造について、故降旗節雄先生のとてもわかりやすい説明を聞いて、これを勉強したい、と心から思いました。20人ほどの学生に対して教員が10人ぐらいいて、学ぶ環境としてもとても恵まれていたと思います。真面目に勉強しましたよ。

-学生生活の印象的な思い出を聞かせてください。

平砂宿舎に住みました。新しかったし、当時の学生寮には珍しい個室で、快適でした。共用棟にスーパーや銭湯もあって、そこに依存して暮らしていました。自分の時間を拘束されたくなくて、部活動などもせずに、いろんなアルバイトをしました。塾の講師から新聞配達、ホテルのボーイ、旅行の添乗員、排水管の掃除、ラーメン屋、ビニールハウスの骨格作りまで、今思えば良い経験でした。

アルバイトでお金を貯めては、北海道旅行に行きました。2週間ぐらいかけて、周遊券を使って、ユースホステルや列車の中に泊まって、という貧乏旅行ですが、離島へ行ったり、流氷を見たり、とにかく広々した北海道が好きでした。今の仕事も運命だと感じます。

-卒業後の進路についてはどのように考えていましたか。

経済学の勉強を続けたくて、4年生の夏までは大学院に進学するつもりでした。ただ、先生や先輩と話しているうちに、将来の生活の基盤が得られるか、自信がなくなって、結局、就職することにしたんです。いろいろ調べて、調査研究に力を入れている日本開発銀行(現日本政策投資銀行)の面接を受けました。在職中、調査研究を担当することはなかったのですが、振り返って、この選択は正解だったと思っています。

一方で、大学院進学への思いを諦めきれずに、2006年から東京キャンパスの社会人大学院に通って、経営学修士を取りました。仕事との両立は大変でしたが、40代後半でようやく夢を実現できました。このタイミングだったからこそできたのかもしれませんね。母
校に通えるというのも嬉しかったです。仕事の自信にもつながりました。

-経営者として、これからどんなことをやっていきたいですか。

大手航空会社でも格安航空会社でもない特徴、独自性を出すことが重要だと考えています。つまり、路線や運賃、サービスなどすべての面で、徹底的に「北海道の翼」にこだわって、北海道の観光や経済に貢献していくことです。

そのために、将来は国際線も運行したいですね。農閑期の海外旅行やロシアとの交流など、北海道ならではの需要があるので、現在、チャーター便の運行実績を積み重ねているところです。大手に比べれば不利な状況もありますが、誇れる独自性があれば、それは跳ね返せると思っています。

-筑波大で学ぶ後輩たちにエールを。

学生には、新しい情報や目先の就活などに惑わされず、じっくり考える力をつけて欲しいですし、大学にはそのためのカリキュラムを整えて欲しいです。世渡りのためのスキルやノウハウではなく、それぞれの専門分野から今の社会を一生懸命見つめて、骨太な見識を養うことが大事です。筑波大にはそれができる環境があるし、愚直でも素朴でも、本物を目指すというのが筑波らしさだと思います。

PROFILE

1960年 東京都生まれ
1983年 筑波大学第一学群社会学類(経済学)卒業
卒業後、日本開発銀行(現株式会社日本政策投資銀行)入行し、プロジェクトファイナンス部長、都市開発部長、常務執行役員、取締役常務執行役員を歴任。この間、筑波大学社会人大学院に通い、2007年に経営学修士を取得。
2015年、株式会社AIRDO顧問に就任。同社代表取締役副社長を経て、2019年6月より現職。本社のある札幌と東京を行き来する生活を送る。
趣味は、俳句、街歩き、ゴルフ、お酒少々。

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