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在学生の方へ

    

 

『筑波フォーラム』で「精神衛生と筑波大学」という特集が組まれたのは1991年。それから15 年以上が経過した今、精神衛生(または精神保健)という言葉はメンタルヘルスに置き換わった。メンタルヘルスは「こころの健康」という意味だ。学生は入れ替わり、筑波大学も変わった。いまどきの学生のメンタルヘルスとは。

 
(織田早紀、風間春奈、高野友里香、山田明美)
参考文献
  • 筑波大学 平成15年度学生生活実態調査
  • 保健管理センター 平成18年度年次報告書
  • 国立大学法人保健管理施設協議会「学生の健康白書2005」
  • 小田晋「筑波学園都市と精神衛生―いわゆる『筑波症候群』の歴史」筑波フォーラム、1991
  • 堀正士「筑波大学における28年間の自殺学生の分析」精神神経学雑誌、2005
精神科での診断別件数上位4つ 1位 神経症(抑うつ神経症、適応障害を含む) 2位 躁うつ症 3位 統合失調症 4位 不眠症 筑波大生が学生相談室で相談したいこと上位5つ 1位 進路・就職 2位 学習意欲 3位 対人関係 4位 性格 5位専攻などの変更

※統合失調症の多くは10代、20代の若い時期に発病する。うつ病に似た意欲低下をはじめ、幻覚や被害妄想など多様な症状がある。約100人に1人という珍しくない病気で、うつ病と同じく、本人は気付きにくい。

 

学内で過ごしていると、「こころの問題で大学に行けない、休学した」といった話を耳にすることもあるだろう。

 

国立大学の8割が参加した「学生の健康白書2005」では、国立大学生の自殺者は05年で46人と発表されている。筑波大学では、保健管理センター学生相談室を訪れた学生は07年度で618人。10年間ほぼ横ばいだ。大学で悩みを抱えている人は確かにいる。

   

こころと向き合う年代

 

大学生という年代について心理学者の佐藤純・講師(人間総合科学研究科)は「受験や部活に追われていた中高生の頃と比べて時間にゆとりがある。その分だけ、自分の悩みと向き合う余裕がある」と話す。

 

研究学園都市とメンタルヘルスの関係について論文を発表している笹原信一朗・講師(人間総合科学研究科)は、「筑波大学ならではの特徴がある」と言う。

 

「筑波大生の多くは大学に張り付いて生活しているので、交友関係で行き詰ると孤独になりがち。良い意味で逃げることが難しく、追いつめられてしまうこともあるかも」

   

「筑波病」は昔の話

70年代の研究学園都市 (写真提供 施設部)
 

つくばには「つくばシンドローム(症候群)」「筑波病」と呼ばれる症状があると言われた時代があった。70年代から筑波大学や周辺の研究機関では提唱されていたが、80年代前半に研究者の自殺が多いと報道されたことで、その名が全国的に知られるようになった。今でもつくば市では自殺が多いと思われがちだが、「他の都市と比べて自殺率・うつ率が特別高いわけではない」と笹原講師は言う。

 

研究学園都市が作られた当初、周囲は畑ばかりだった。また合理性を追求した都市設計により、大学・研究所とショッピングセンターが引き離され、ストレスを解消する場がなかった。「陸の孤島」と称されるほどの交通の不便さも拍車をかけた。だが85年のつくば科学万博をきっかけに開発が進み、町の発展とともにつくばシンドロームは影を潜めていった。「つくばエクスプレスも開通し、町が明るくなって住み心地が良くなった。陸の孤島を背景とした『つくばシンドローム』は過去の話になってきているのでは」と笹原講師は分析する。

   

「つくばシンドローム」とは何だったのか

 

つくばシンドロームは風土病でも特定の症状を持つ病気でもない。小田晋・名誉教授は91年の『筑波フォーラム』で、「筑波環境のもたらすストレスが心身、とりわけ精神的不具合に関係する」症状であると述べている。

 

70年代、筑波学園都市の成立により、多くの研究者とその家族が集団的につくばに移り住んだ。生活環境が一変したストレスや「学園都市第一陣の『気負い』」によるプレッシャー、合理的に計画された町づくりなど慣れない環境により心身の健康を崩す住民が現れた。そうしたまとまりが、つくばシンドロームと呼ばれるようになったという。

 

『筑波フォーラム』では、研究者の妻や高齢で赴任した大学教官の心身症のほか、家族と共に引っ越してきた老人や子どもの精神的不調が事例として紹介されている。

 

解決の課題として小田名誉教授は、都市内部の交通網を発達させること、引っ越してきた研究者たちが定住できるような政策を立てること、コミュニティの形成することなどを挙げている。

   

ゼロにはならない自殺

筑波大生の自殺を分析する堀准教授
 

つくばの町が変わっても、筑波大生の自殺がなくなったわけではない。保健管理センターの精神科を担当する堀正士・准教授(人間総合科学研究科)の調査によると、開学から02年までに52の事例が大学に報告されているという。その学生の7割以上が保健管理センターを訪れていなかった。

 

「もし相談に来ていればこのような事態は防げたかもしれない」

 

ここ10年では学群4年生の自殺者数が大学院を含む全ての学年で突出しているという。 「最近はプレッシャーに弱い学生も多い。社会や大学院など新しい環境に踏み出す一歩手前で不安も大きいのでは」と堀准教授は分析する。

 

大学の自殺予防策について、堀准教授は問題を感じている。「依然学生の自殺があるというのに、大学は全学的な呼び掛けといった啓発活動を行っていない。担当教員も大学に出てこない学生がいたら声を掛けるべき」

   

UPI-新入生のメンタルヘルス調査

UPIの通知に応じる新入生は半数程度(イメージ)
 

筑波大学の新入生は4月の健康診断で精神健康のアンケートを受ける。これはUPI(University Personality Inventory)と呼ばれ、全国の多くの大学で実施されている。筑波大学では入学後の1回しかUPIは行われない。その理由を「新入生は初めて独り暮らしをする学生も多く、非常にストレスの多い時期だから」と佐藤講師は話す。

 

UPIの作成・診断は保健管理センターのスタッフが行う。「相談したい」などの項目にチェックした学生には個別に通知が届き、優先的に学生相談を受けることができる。

   

「つながり」の大切さ

佐藤講師はつながりの重要性を強調する
 

学生相談室の常勤スタッフでもある佐藤講師は「『つながり』があることで少しでも自殺に至るリスクは減る」と話す。自ら命を断った学生は、留年や休学により人間関係が希薄になっていた傾向がある。

 

「身近にストレスを抱えている人がいるときは、おせっかいでも声を掛けたり話を聞いてあげてほしい。孤立した状況は避けたい」

 

逆に自分が落ち込んでいるときは、どうしたら良いだろうか。佐藤講師は言う。

 

「勇気を出して誰かに打ち明けることが大事。家族や友人に打ち明けにくいなら学生相談室に気軽に相談に来てほしい」

 

学生相談室は、学生と話し合って一緒に考えるという方針をとる。カウンセリングの回数は人によってさまざまだ。話し合うことで感情を整理し、納得できるような解決方法を考えるのがねらいだ。

 

「問題に直面したとき、解決法がわかるようになって卒業してもらうのが目標。多くの学生は学校に行けるようになる状態まで回復する。相談数を重ねるうちに精神状態が改善していくのがうれしい」

   

こころのケアをサポート

 

保健管理センターでは、学生相談室と精神科の二つの部門が学生の悩みに対応する。

 

学生相談室では、学業面や人間関係など幅広い問題について相談できる。利用には予約が必要だが、緊急の場合は優先的に対応してもらえる。電話での相談も可能だ。

 

精神科には不眠症、摂食障害などさまざまな症状を抱えた学生が訪れる。カウンセリングのほか、精神安定剤などによる薬物療法も行う。堀准教授は「多くの学生は学校に通えるまで回復する。専門家と連携することで事態は必ず良くなる」と話す。

 

保健管理センターのウェブサイト(利用案内あり)

   

主体的な生き方

 

スポーツ心理学者の中込四郎教授(人間総合科学研究科)は、「心の知性」を持つことが大事だと話す。活躍するアスリートには共通した「知性」があるという。

 

「知性といっても筑波英検で良い点数を取ることではない。ストレスやプレッシャーをうのみにせずに、自分にとって良い方向へ切り替える発想力のこと。つらい練習を『やらされている』と流されるのではなく、『自らやる』というように主体的な方向へ切り替えるようにする。こうしたことはアスリートだけでなく、すべての学生にも言えるんじゃないかな」

   

アスリートのメンタルサポート―トレーニングクリニック・メンタル部門

 

体育学系が担当するトレーニングクリニック・メンタル部門では、アスリートに心理相談とメンタルトレーニングの指導に当たっている。利用者には、他学類の選手や実業団で活動するOBも含まれる。「メンタルトレーニングを取り扱う大学は増えたが、カウンセラーが常駐するところは全国的にも希少」とスタッフである中込教授は胸を張る。学生相談室との違いは、スタッフがスポーツ心理学の専門家であることだ。「競技における身体の動きから、こころの問題を分析することができる」

 

利用にあたっては、体育科総合実験棟(SPEC)3階の相談室前で受付を行う必要がある 。

 

進路や人間関係など学年が上がるほど悩む人は増えそうだが、なぜ新入生にしか行わないのだろうか。「本来なら他の学年にも受診させたいところだが、全ての学生を集める機会はなく、人手も足りない。現状では難しい」と堀准教授は言う。

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