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在学生の方へ

    

日本の高等教育の行方 ――削減される国立大学予算

 

国立大学の法人化以後、国立大学法人は毎年予算を削減されてきた。政権が変わり、事業仕分けなどの新しい政策の下で予算の削減が実施されつつある。今後、筑波大学の学生にはどのような影響が出るのだろうか。筑波大学の財政に携わる人物に取材した。

 
(髙野友理香、張文禎、松井隼人、矢澤唯)
7年間で830億円の削減

04年の法人化以後、減少し続ける国立大学法人運営費交付金

43億円が削減され、全額を運営費で補填した場合……

教育研究科、人文社会科学研究科、ビジネス科学研究科、数理物質科学研究科、システム情報工学研究科、生命環境科学研究科、人間総合科学研究科、図書館情報メディア研究科 これら8つの研究科のうち7つが運営できなくなる

大学運営の現状を話す加賀谷課長
   

厳しくなる大学運営

 

04年度に国立大学が法人化されて6年が経つ。法人化により、それまで国に使途が定められていた国立大学の予算が、大学の希望通りに使えるようになり、剰余金を次年度に繰り越せるようになった。しかし、法人化以後に国から給付される大学の予算(国立大学法人運営費交付金)は年々減少している。国立大学全体の削減額は、6年間で830億円に上る。これは小規模の国立大学26校分の年間運営費交付金と同額程度の計算になる。

 

今年7月27日の閣議決定により、11年度はさらに国立大学法人の予算が減らされるおそれがある。10年度当初の予算より1割減額される「総予算組換え対象経費」に国立大学法人運営費交付金が含まれるためだ。1割減額は、筑波大学では43億円となる。「今回の大幅な削減がされれば大学運営はほとんど不可能になってしまう。実際に削減されると、8つある研究科のうち、7つは運営できなくなる」と財務部財務企画課の加賀谷次朗課長は言う。加えて、6月22日に閣議決定された財政運営戦略を踏まえれば、来年度からの3年間も厳しい予算となることが想定される。仮に1割ずつ減額となったと想定すると、国立大学全体の削減額は初年度だけでも法人化以後の総額830億円を上回る1,159億円(3年間で約3,100億円)になる。

 

「本来国立大学とは、どんな地域のどんな人にも均等に教育の機会を与えるためにある」と加賀谷課長は話す。予算の削減により授業料等が値上げされると、国立大学としての一つの特長が失われるという。

 

国立大学の予算について学生や国民の関心は薄い。「国民全体に国立大学の価値を伝え、関心を持ってもらえるようにしなければならない」と加賀谷課長は話す。昨年の事業仕分けの結果に基づき、国立大学法人のあり方について再検討する場がインターネット上に設けられた。事業仕分けなどにより、国民の意見が政策に反映されやすくなったという。しかし、義務教育等他の政策に比べると意見は集まらなかった。「学生も事業仕分けをはじめとした政策に興味を持ち、国立大学を含めた高等教育政策について意見を表明してほしい」

大学での学習に励んでもらえれば

岡田実 学生部長
   

教育の質を下げないために

 

国立大学の予算が削減されると、大学に通う学生もその影響を受けることになる。筑波大学の資金を管理している財務部や、学生の生活を支援している学生部は、国立大学が法人化し、大学の予算が毎年1%減額されるようになってから、なるべく学生に直接の影響が出ないように尽力してきた。しかし、今後さらなる減額が行われると、人件費の削減だけでは対処できなくなるという。

 

国立大学運営費交付金の主な使途は大学の管理運営費だ。予算が削られると、さまざまな場面で影響が出る可能性がある。具体的には、教員数や授業料免除枠が減ってしまうことなどだ。予算がさらに削減されると、大学の運営はいよいよ厳しくなり、附属学校の経営も難しくなる。

 

教育の質を下げないためにも、大学の事務・業務の効率化や大学管理運営費を見直す必要がある。今年度4月から、学生の経済的支援や課外活動を支援するために、筑波大学基金がスタートした。寄付金は徐々に集まり始めているという。予算の補充や新たな活動支援のため、さまざまな対策が考えられている。「学生の皆さんには、大学の予算がどうなっているのか、どう使われているのか、どこから出ているのかなどを知ってもらいたい。その上で、大学での学習に励んでもらえれば」と岡田実学生部長は語る。

人ごととは思わないでほしい

木越英夫 教授
   

学生自身の未来に影響が

 

木越英夫教授(数理物質科学研究科)は、今回の予算削減により理学系の研究費に支障が出ることを懸念している。「理学系の研究は新技術や開発の基礎となる大切なものだが、資金状況は良いとは言えない」と木越教授は話す。理学系のように成果が目に見えて出にくい研究は予算が減らされやすい。

 

04年度の国立大学の独立行政法人化から、毎年1%ずつ予算が削減され、大学は努力を重ねてきた。教員数の調整もその一つだ。たとえば、数理物質科学研究科化学分野(化学系)の教員は33人だったが、人件費を削減するために現在は31人以内で運営している。数理物質科学研究科ばかりでなく、すべての研究科でこのような人件費の削減は行われている。広い分野の教員をそろえないと学生の要望に対応できないため、教員数が減少すると学生に質の高い教育を行うことが難しくなる。

 

「今回の予算削減は人件費を調整するだけでは賄いきれない。予算が毎年1%減少するだけでも四苦八苦しているのに、3年間で10%ずつ減らされてしまうと、十分な教育ができなくなってしまう」と木越教授は言う。そのため、国立大学法人32大学理学部長会議の名義で予算の縮減に反対する緊急声明を出すなどさまざまな活動を行っている。しかし多くの国立の機関や施設が予算を縮減されている中、国立大学だけが強く言うわけにいかず、状況は良くないという。

 

今回の予算削減の政策で、大学の運営が厳しくなりかねない。「この問題は大学組織だけでなく学生自身の未来にも降りかかる可能性がある。人ごとではないことを認識して学生みんなで考えてほしい」

   

コラム|研究・教育の現場から

 

国立大学法人運営費交付金が減額されていることについて、実際に大学の研究・教育を担う教員はどのように感じているのか。

 

学生生活支援室を通じてアンケートを行い、63人の先生方から回答を得た。

Q.所属している研究科は?

Q.現在の学生数に対して教員数は十分だと思いますか?

Q.大学から配分されている研究費の額をどう感じますか?

Q.運営費交付金の減額が、日本の高等教育にどのような影響を及ぼすと思いますか?
「良い影響を与えると思う」
・公費への依存を減らすことで費用対効果意識が高まり、民間企業並 みの能動性や工夫がなされるのではないか。(システム情報工学)
「どちらともいえない」
・運営費交付金以外の補てんの有無も関係するのでは。(人間総合科学)
  • 時代背景から考えてやむを得ないし、研究費使用に関しても効率化が必要。(人間総合科学)
・外部基金では研究室の修繕、消耗品の購入はできない。(人間総合科学)
  • 国立大学は国家として、研究する人材を責任持って育て支援すべき。大学のあり方に国家的なビジョンが欲しい。(人文社会科学)
  • 競争的資金は研究向けに振り分けられるのが大半であるため、教育向きの外部資金は潤沢にならない。(図書館情報メディア)
  • 「儲からない」分野の研究費が大幅に減らされ、短期間で結果が得られる分野のみに研究費が集中するのでは。(システム情報工学)
   

高等教育に関心を

 

「今回の予算削減は、今までの努力が無駄になってしまうくらいの衝撃を大学に与えるだろう。影響は計り知れない」と山田信博学長は話す。法人化以降、国からの予算は年々削減されてきたが、教職員の努力により大学の収入は維持されてきた。削減された予算の穴埋めとして、競争的資金(特別研究費など)を獲得してきているためだ。学生への影響は今のところ出ていないが、教職員は資金の確保に追われ、教育・研究に割く時間が減ってしまっているのが現状だ。「教職員が少しでも、本来の仕事に時間を割けるように運営を見直している。時間に追われ余裕が失われると、心身ともに疲れてしまう」

 

以前、国の予算削減が医療現場の崩壊を導いたという。「今は、高等教育が同じ道をたどろうとしている」と山田学長は指摘する。数年前の医療崩壊では予算の削減により医師の負担が増え、勤務医の減少につながった。医師たちに心の余裕がなくなり、十分な仕事ができなくなった。「日本の高等教育も、教員の心に余裕がなくなれば危機的状況は免れない」

 

国際的な経済競争の激化によって、先進国は財政が厳しくなっているという。しかしその中で高等教育の予算を減らしているのは日本だけだ。それだけ日本は大変だ。「国全体の財政が厳しい状況であるが、教育への資金がほかの資金と競争をして獲得しなければならないことに違和感を覚える」と山田学長は話す。国民の関心は雇用や貧困の問題に向きがちだが、教育は基本的な問題だという。このまま予算削減が行われると大学の運営が厳しくなり、学生への影響も出てくる。「学生も、大学の予算が削減されることを知り、人ごとだと思わず、大学の存在意義を考えてほしい」と山田学長は言う。

 

予算削減が政治で行われているということは、これが国民の大学に対する評価や意見だと言える。筑波大学では、"IMAGINE THE FUTURE."を旗印に大学の魅力や意義を学内外に向けて発信するブランディング活動をしている。「大学は、国民に対して大学がどのような価値があるか情報を発信し、大学の魅力を伝え、国民が大学を大事にすることが必須であることを訴えていく必要がある」と山田学長は語る。

 

国や地域によって大学に対する認識は異なる。ヨーロッパの大学は長い歴史を持ち、「大学は社会の心」だと考えられている。例えばドイツの大学では、学生が時間にゆとりをもって自分探しできる制度がある。「筑波大学には留学生が多いので、留学生に積極的にその国の大学のシステムを聞いて日本の高等教育について考えてほしい」

 

教育は社会の基盤をなす重要な問題だ。大学のような教育を行う場の予算を削ることは、社会の根幹を揺るがすことにつながりかねないという。「予算が削減される国立の機関や施設はたくさんあるが、これらと教育を競争させてもいいのだろうか」と山田学長は話す。

 

社会の理解と後押しさえあれば、大学の予算にも余裕ができる。医療の二の舞にならないように、教育の重要性についてみんなが考えていく必要があるのではないだろうか。

   

コラム|筑波大学基金

 

今年度4月から、筑波大学基金事業が始まった。この基金は、筑波大学関係者をはじめとして各所から寄付金を募り、学生支援などに役立てることを目的とする。"TSUKUBA BRANDING PROJECT"の一環として山田信博学長の発案で始まったものだ。「世の中の流れがめまぐるしく変化する中で、新しい世代を導く優秀な学生を社会に送り出し、未来志向の人材を育てるためにこの基金は設立された」と筑波大学基金担当の小西敏之副理事は語る。

 

基金には一般事業と特別事業がある。一般事業は学生支援を行う、"TSUKUBA FUTURESHIP"だ。「未来を担う学生を育てるために」という意味で名付けられた。この基金は学生への経済的支援や国際交流支援などに使われる。特別事業は一般事業とは別枠で、記念事業などを主に扱う。今年度は「嘉納治五郎150周年記念事業」と「東京盲唖学校発祥の地、日本点字制定の地記念事業」が行われている。

 

"TSUKUBA FUTURESHIP"の目標額は100億円。基金は集めた資金を元に利子で運営する。「1、2年のうちに2から3億円くらい集めたい。年利1%とすると1年で200から300万円の利子が付く。そうなれば、何らかの支援を始められる」と小西副理事は言う。今は、教員や職員の寄付が中心だが卒業生の寄付も増えている。

 

今後の展望として、著名な卒業生の協力を得てチャリティーでイベントを開き、寄付を募ることなどを考えているという。「筑波大学は大学全体で何かをやる、参加するという機会が少ない。"TSUKUBA FUTURESHIP"がみんなで大学を共有しているというかたちをつくっていくきっかけになれば」とも小西副理事は話す。

 

寄付金の最低金額は1000円だ。これは学生も参加できるようにと考えてのことだという。「資金の使途について学生からもアイデアを出すなど、積極的にかかわってほしい。将来の後輩のためにもぜひ協力してほしい」と小西副理事は語る。

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