ALUMNI

橋本 千毅氏(TSUKUCOMM Vol.48)

最高の材料、最高の技術、最高のデザインを極める

漆工芸作家 橋本千毅氏


-漆との出会いを教えてください。

美術系への進学は決めていましたが、大学までは義務教育的な感じがしていて、自分の意思で選んだという感覚はそんなにありませんでした。美大と筑波のどちらに行くか、というときに、教育大出身だった高校の美術の先生が筑波大の良さを話してくれて、それで筑波大を選びました。

大学では工業デザインを勉強するつもりでした。でもやってみると、職業訓練的な要素が多くて、自分には向いていないとわかりました。それで、暇を見つけては体芸図書館に入り浸って、美術史、建築、工芸、あらゆるジャンルの本を読み漁りました。芸術系の蔵書がとても充実していて。そんな中で、漆工芸にたどり着きました。

芸術の世界で生かせる自分のアドバンテージは、日本で生まれ育ったことだと思ったんです。当時、国際化が言われるようになっていましたが、日本人が世界に合わせてもあまり評価はされない。だったら、自分がもともと持っている環境や文化の上に積み上げていくような仕事をしよう、と考えました。

漆にとっての最適な環境は、人間の暮らしに適した温度や湿度と同じです。陶芸のように、日常にはない高温やコントロールしにくい化学反応は使わないので、すべて自分の力にかかっています。そういう、偶然性に依存しないところがいいですね。

-どのようにして漆作家への道を拓いたのですか。

筑波大を卒業してから、専門の短大に2年間通って漆工芸を学びました。最初は、器や家具づくりを考えていましたが、素材や技法を学んでいくうちに、蒔絵や螺鈿に惹かれて、芸術作品を作りたいと思うようになりました。

作品作りに全てを捧げる一大決心をしてこの道に入ったものの、すぐに軌道に乗ったわけではありません。ただ、人々がネットでいろいろな情報を探す時代になって、田舎暮らしで駆け出しの作家でも、ホームページを作って作品を紹介すると、全国、海外からも注文が来るようになりました。日本の工芸品に興味のある人やコレクターが世界中にいるんですよね。最近は、ここも含めて、漆や和紙などの工房を巡る外国人向けの観光ツアーも増えています。

地道に作品を作り続けていたとはいえ、運が良かったのでしょうね。特に自分の場合は、箱やアクセサリーなど、手の込んだ装飾品を一点ものとして作りますので、作品として自分の好きなように作らせてもらえるものに限って注文を受けています。完成するまでには1年ぐらいかかりますし、できあがりも基本的にはお任せですから、信頼して注文してくださる方々の支援で、作品作りができていると思っています。

-筑波大で学んだことは役立っているでしょうか。

自分自身はあまり真面目な学生ではなかったんですけど、周囲の友人たちはみんな、しっかりと目的意識を持っていて、すごく刺激になりましたね。漆の世界って、なんとなく職人になりたい、みたいな人も意外と多いんです。だから余計に、学生時代にそういう人たちに触れることができたのは貴重でした。

工芸の世界では学歴なんて関係ないように思われるかもしれませんが、スポーツのように記録ではなく、主観が判断基準になるので、筑波大卒ということで評価される面は小さくないと感じます。筑波大を出るくらいの人が真剣にやっている、という大学の信用かもしれませんね。

キャンパスをぶらぶら散歩して、ぼんやりとコーヒーを飲んだりしたことを、今でもふと思い出すことがあります。何かを達成したという特別な体験でなくても、そんなふうに過ごした時間も、今の自分の一部になっていると思います。

-これからどんな作品づくりに挑戦したいですか。

実は今、究極の作品にしようと、取り組んでいるものがあります。最高の材料と技術とデザイン、それに技法研究と制作の記録も含めた作品ということで注文をいただき、もう4年ほどかけています。

できあがった作品としては、純粋にその美しさを愛でていただければよいのですが、そこには、たくさんの知識や技術・技能が詰まっています。それを極めることが自分の作品の価値だと思っています。螺鈿に使う貝ひとつ取っても、産地や生育条件によって微妙に違っていて、表現に合うものを選ばなくてはなりません。そのデータを集めるだけでも膨大な時間と労力がかかりますし、論文になりそうな研究的な要素もかなりあるんです。

そういう部分を自分で記録するのはなかなか難しいのですが、ある映画監督が、この制作過程をずっとドキュメンタリーとして取材してくれています。これも縁に恵まれました。今のところ、思ったような作品ができつつあります。

-筑波大で学ぶ後輩たちにエールを。

若い世代の方が情報も持っていて賢いし、正々堂々と生きているように思います。社会的な条件が整っているということもあるでしょうが、概して優秀です。でも、まだ大学生までしか生きていない。なんとなく自分が今いるところがゴールのように感じてしまいますが、大学は通過点に過ぎません。偉そうなことは言えませんけど、ちょっと遠くを見ながら、それでも全力で駆け抜けてください。

PROFILE

1972年 東京都生まれ
1995年 筑波大学芸術専門学群卒業
高岡短期大学・富山大学助手を経て2006年漆芸家として独立。現在富山県富山市に工房を構える。個展・グループ展など国内外で多数。ドイツ在住の映画監督東美恵子氏による自身の制作活動を追うドキュメンタリー映画を撮影中。2020年7月よりパナソニック汐留ミュージアムで開催の「和巧絶佳展ー令和時代の超工芸」に出展作家として選ばれる。2021年ミュンスター漆芸美術館の企画展に出品予定。



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