生物・環境

TSUKUBA FUTURE #014:桃栗3年柿8年、梨は・・・?

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生命環境系 瀬古澤 由彦 助教


 「園芸」と聞くと、ガーデニングや家庭菜園のような趣味の領域をイメージしがちですが、本来は家の敷地内、庭園内での農業を意味する言葉です。学問としては、花や野菜の他に、果樹(果物)を扱う「果樹園芸学」という分野があります。


日本には、永年性の樹木に実る果物がたくさんあります。代表的なのは、リンゴ・梨・桃などの温帯性・落葉性の果樹。果樹の研究には、果実の大きさや味などに関する研究の他、長期にわたって安定的に果実を生産するための樹体の研究があります。瀬古澤さんの専門は、梨や桃を中心とした永年性作物の樹体管理の研究です。


水の動態を調べるためにモモ休眠芽をMRIで撮影した画像 (Physiologia Plantarum、 Vol.、73(1):1-6)

水の動態を調べるためにモモ休眠芽をMRIで撮影した画像
(Physiologia Plantarum Volume 134, pages 522-533, 2008)


 果樹は、収穫を終えた秋以降、葉を落として休眠時期に入ります。これは、樹体が次の年も再び花を咲かせ果実をつけられるように備えるための大切な期間です。しかし最近、春になっても正常な花が咲かないという現象が起こっています。

 梨の場合、1つの芽から10個程度の花が咲きますが、その数が減ったり花が咲かない(萌芽しない)などの異常が見られるようになってきました。
寒さは果樹にとって好ましくないように思えますが、たとえばリンゴや梨が実をつけるためには一定量以上の冬の寒さが必要です。瀬古澤さんは、樹体内部の水分状態や養分の消耗をMRIなどを使って調べ、冬の気温が花芽の成長に与える影響とそのメカニズムを探っています。これが解明されると、温暖化対策だけでなく、気象条件の異なる国々での果樹栽培にも役立つと期待されます。


 瀬古澤さんが取り組んでいるもう1つの大きな研究テーマは「ジョイント仕立て」という果樹の栽培方法です。永年性の果樹は、1本の木から数十年にわたって果実を収穫することができますが、ふつう、苗木を植えてからたくさんの果実が取れるようになるまでには数年かかります。このことは、農業としての果樹生産を考えると、新しい品種への入れ替えや新規参入をするうえでの高いハードルとなります。
新しい苗木からできるだけ早く果実を収穫できるようにと開発された技術が、この「ジョイント仕立て」です。


「ジョイント仕立て」1

「ジョイント仕立て」1

「ジョイント仕立て」2

「ジョイント仕立て」2

「ジョイント仕立て」でたくさんの花と実をつけた梨。
複数の若い株の枝が連結されることで、1本の大きな樹木と同じ効果がもたらされる。
リンゴやスモモなどでの実験も行っている。


 日本の果樹栽培では従来、枝を横に曲げて棚に這わせる「棚仕立て」という方法が採られてきました。こうすると、剪定や収穫の作業が楽になる上、台風などの被害も受けにくくなります。また、養分が花や実に行きわたり、たくさんの果実が収穫できるようになります。これをヒントに、樹と樹をつなぎ合わせてしまえば、何年もかけて樹が大きく枝を伸ばすのを待たなくてもすぐに多くの果実をつける大きな樹ができるのではないかとの発想で、神奈川県農業技術センターで考案されたのが「ジョイント仕立て」。苗木のうちに枝を曲げ、それを何本も接ぎ木することで全体として枝の広がりをつくるやり方です。


 梨の場合、十分な数量の果実が収穫できるまで10年ほどかかっていたのが、この方法を使うと、わずか3?4年に短縮されます。初心者でも簡単にできるというのも農業技術としては画期的です。ポイントは枝を曲げる角度。梨は水平に曲げますが、果樹の種類や品種によって、実がよくなる最適な角度は異なります。現在は、スモモやリンゴなどさまざまな果樹について、枝を曲げる角度と花の咲く数の関係を調べています。ジョイント仕立ては、ここ10年ぐらいの新しい技術ですが、すでに農家への普及が進んでいます。


柿の収穫実習風景。農学女子が増えている。
筑波大は大学構内に広大な農場や演習林(農林技術センター)を擁している。
水田、畑作、野菜、花、果樹、畜産、農業機械、樹木などに関する実験実習が、同じ敷地内でできるのが強み。


 もともと果樹に興味があったわけではありませんでした。しかし、筑波大学に入学して受けた授業がきっかけで、果樹研究の道に進むことになりました。果樹の栽培は1年サイクルですから、時期によってできる研究内容が限られますし、繰り返しの実験にも年月がかかります。そのため、収穫後の品質管理や果実の色と光の関係、香気の分析など、幅広い研究テーマを同時に手掛けています。


 果樹は人の手をかけてつくるもの。何十年も同じ場所で同じ木を、環境の変化に対応しながら育てていかなくてはなりません。果樹農家が長年、職人芸のように積み重ねてきた「手のかけ方」を科学的に解明することで、果樹栽培のよりいっそうの効率化を目指しています。


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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