ヒトの眠れる速筋機能を呼び覚ますメカニズムを解明

筋肉の中でも最も収縮速度が速いIIb型速筋線維は、小型哺乳類では豊富に存在しますが、ヒトではほとんどその発現が失われています。大Maf群転写因子と呼ばれるタンパク質をヒトの筋細胞に過剰発現させると、休眠していた「IIb型速筋プログラム」が再起動されることが分かりました。
筋肉(骨格筋)を構成する筋線維は、遅筋(I型、赤筋)と速筋(II型、白筋)の2種類に大別されます。遅筋はマラソンのような持久的な運動に適しており、一方の速筋は、短距離走やジャンプなど瞬間的に大きな力を発揮する運動に関与します。そして、速筋線維の減少は、加齢や疾患によって生じる筋力低下(サルコペニア)や身体機能障害に直結します。
速筋は、IIa型、IIx型、IIb型の三つに分類されます。このうち、IIb型速筋は最も収縮速度が速く、強いパワーを生み出します。本研究チームは大MAF群転写因子(MAFA、MAFB、MAF)と呼ばれるタンパク質が、マウスのIIb型筋線維の形成に関わる特異的な制御因子であることを突き止めていました。マウスなどの小型哺乳類ではIIb型速筋線維が豊富に存在し、その中でも最も速い収縮を担うミオシンIIb(MYH4遺伝子でコードされる)を発現しています。一方で、ヒトを含む大型哺乳類では、進化の過程でIIb型速筋線維がほとんど失われており、その理由は不明でした。
本研究チームは今回、マウスで同定した大MAF群転写因子に注目し、これらがMYH4の発現を直接誘導するスイッチであることを発見しました。ヒトやウシの筋細胞に大MAF群転写因子を過剰発現させると、休眠していた「IIb型速筋プログラム」が再起動され、これまでほとんど発現していなかったMYH4が特異的に誘導されました。そして、細胞が糖を分解してエネルギーを得る解糖系能力が向上することを確認しました。また、ヒトの骨格筋生検サンプルを解析した結果、パワートレーニングを行っているアスリートでは、MAFAやMAF、MYH4の発現量が高く、大MAF群転写因子がヒトの速筋線維の割合や運動機能に実際に寄与している可能性が示唆されました。
これらの成果は、ヒトの筋肉が本来持ちながら眠っている速筋機能を呼び覚ますメカニズムを初めて明らかにしたものです。今後、サルコペニアの予防・改善やアスリートのパフォーマンス向上、さらにはヒトの新たな機能拡張に向けたアプローチを切り開く可能性があります。
PDF資料
プレスリリース研究代表者
筑波大学医学医療系/トランスボーダー医学研究センター 再生医学分野藤田 諒 准教授
掲載論文
- 【題名】
-
Large Maf Transcription Factors Reawaken Evolutionarily Dormant Fast-Glycolytic Type IIb Myofibers in Human Skeletal Muscle
(大MAF群転写因子はヒト骨格筋における進化的に眠っていた速筋を呼び覚ます) - 【掲載誌】
- Skeletal Muscle
- 【DOI】
- 10.1186/s13395-025-00391-5
関連リンク
医学医療系トランスボーダー医学研究センター