医療・健康

TSUKUBA FUTURE #040:夢を追いかける

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国際統合睡眠医科学研究機構 林 悠 助教


 よく、「夢も見ないほどぐっすり寝た」という言い方をします。しかしふつうの睡眠は、夢を見ないノンレム睡眠と夢を見やすいレム睡眠の繰り返しです。「レム(REM)」とは、急速眼球運動を意味する英語Rapid Eye Movementの略です。1953年に、スヤスヤと安らかに眠っているのにまぶたの下で眼球だけが急速に動いている状態がアメリカの研究者によって発見され、命名された現象です。その後の研究で、睡眠にはそのレム睡眠と、眼球運動を伴わないノンレム睡眠があることがわかりました。それぞれの状態時に眠りを中断させることで、夢を見るのは主にレム睡眠中であることもわかりました。脳波を調べると、レム睡眠中の脳波は覚醒時と同じで細かい小さな波、ノンレム睡眠時は大きく振れる特徴的な波(徐波)が確認されます。正常な眠りの順序としては、まずノンレム状態の深い眠りがあり、その後でレム睡眠が訪れ、その後はそれを交互に繰り返します。レム睡眠の存在が確認されているのは哺乳類ですが、鳥類にもあるともいわれています。爬虫類はレム睡眠はありません。レム睡眠しかない動物も知られていません。睡眠の質がどのように進化してきたのか、興味深いところです。


シャーレで線虫線虫とのつきあい

線虫とのつきあいは長い。手にしているシャーレで線虫を培養している。


 林さんは、レム睡眠はなぜ必要なのかを知ろうとしています。体を休めるためにあると思われている睡眠なのに、レム睡眠中は、筋肉はだらんとしているものの脳は活発に活動しています。なぜなのでしょうか。動物は、眠らないと死んでしまいます。ラットをしばらく眠らせないようにしておいてから眠らせると、予想どおり眠り続けます。ただし不思議なことに、レム睡眠の割合が増えます。レム睡眠に入った人をわざと起こすと、その後にノンレム睡眠に移行しても眠りが浅くなり、ぐっすり眠れなくなるという報告もあります。レム睡眠はノンレム睡眠の質を高めるために必要なのかもしれません。深いノンレム睡眠中は、成長ホルモンの分泌が活発になります。成長ホルモンは、子供の成長だけでなく、大人ではアンチエイジングや脂肪の代謝を促進する上で重要です。ただし、新生児ではレム睡眠の割合が多く、成長とともに減ります。また、ある種の発達障害ではレム睡眠の割合が少ないそうです。謎は深まるばかりです。


神経ニューロン

線虫の神経発生を調べるために、神経ニューロンを光らせた写真。光っているのは、ノーベル賞を受賞した下村脩筑波大学特別招聘教授が発見した蛍光タンパク質(GFP)。


 林さんは、大学院では代表的な実験動物の一つで、C・エレガンスという優雅(?)な名前をもつ線虫の神経回路の発達形成に関する研究をしていました。その後、もっと複雑な脳の発達過程に関する研究をしたいと思い、理化学研究所脳科学総合研究センターの博士研究員になりました。そこでは、レム睡眠とノンレム睡眠が切り替わる脳内のスイッチを調べていました。筑波大学に着任してからは、レム睡眠の謎を探るためのツールとなる、レム睡眠をしないマウスの作成を目指し、苦労の末に成功しました。脳内の特定のスイッチを操作することで可能となったのです。そのツールを用いて、これから本格的な研究に取りかかる予定です。


マウスを用いた実験を進めると同時に、昔取った杵柄(きねづか)を活かして、線虫を用いた実験も進めています。じつは、「睡眠」の定義しだいですが、線虫も眠るのです。その場合の「睡眠」の定義は、じっとした状態で、外部からの刺激に対する応答が弱まる、強い刺激に対して迅速に"覚醒"状態に入る、じゃまし続けるとリバウンドが起きる、というものです。この定義があてはまる状態は、少なくとも植物にはありません。線虫は、一生の間に4回の脱皮をします。脱皮直前は、じっとして動かなくなります。あえて言えばそれが線虫の"睡眠"です。昆虫では脱皮前のその状態を「眠(みん)」と呼んでいます。線虫も、刺激を与えることで眠に入らせないと、死んでしまいます。これは哺乳類の睡眠とよく似ています。線虫は、もともとは土壌動物ですが、実験室ではシャーレの培地上で大腸菌を食べて生きています。高栄養の食べ物を与えると、動かなくなります。まるで、満腹になって眠気にかられた状態みたいです。そうした線虫の行動パターンを、"睡眠"という視点から見直そうと、実験に取り組んでいます。国際統合睡眠医科学研究機構では、睡眠に関連した遺伝子を探しています。マウスではすでに見つかりつつあるそうです。林さんも、鍵となりそうな遺伝子を線虫でも探す予定です。そうやって得られる発見から、睡眠の仕組みの進化が見えてくることを期待しています。


模様を描いた

睡眠中は無防備な状態になるため、実験動物といえども、人前ではなかなか眠らない。
(IIIS雀部正毅さん提供)


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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