TSUKUBA FUTURE #096:アスレティックトレーナーとしての高みへ
体育系 藁科 侑希 特任助教
骨折や脱臼などのケガをすると、まず手術などの医療処置がとられ、それから、元どおりに動けるようになるためのメディカルリハビリテーションをします。普通はそれで十分なのですが、アスリートでは「元どおり」のレベルが全く違います。以前と同じか、それ以上の競技パフォーマンスができるまでに回復するには、通常より踏み込んだ専門的なトレーニングを含めた、アスレティックリハビリテーションが必要なのです。藁科さんは、それを担うアスレティックトレーナーとして、多くのアスリートをサポートする一方、大学院でトレーナーを目指す後進の育成にも携わっています。
ケガからの競技復帰には段階的なリハビリテーションとトレーニングが必要
筑波大学体育総合実験棟のトレーナークリニックには、学内のアスリートがアスレティックリハビリテーションのために訪れるだけでなく、学外のトップアスリートもトレーニングにやってきたりします。メディカルリハビリテーションには、体の部位やケガの種類などに応じたプロトコル(定型の方法)があります。藁科さんはまず、このプロトコルに則って彼らと向き合います。個別のニーズを大切にしつつも、プロトコル通りに進めるのが大原則。これを無視すると、結局、うまく回復できずに、ケガを繰り返す元になります。日常生活動作ができるようになってきたら、アスレティックリハビリテーションとして引き継ぎ、競技復帰に向けたトレーニングを段階的に行います。
スポーツ科学の発展に伴い、どの競技でもトップクラスの選手一人ひとりに、ドクター、トレーナー、コーチ、栄養士、薬剤師など、たくさんのサポートスタッフがチームとして関わっています。実際に競技を行うのは選手本人ですが、そのパフォーマンスを土台で支えているのはチームの力です。その中でトレーナーの役割は、ケガの応急処置はもちろんのこと、適切なトレーニングの働きかけや、ケガの治療から基本的なリハビリを経た後、できるだけスムーズに競技に戻れるように身体を作り直すためのサポートです。マッサージやストレッチを施すだけにとどまらず、ケガの状態について選手本人にきちんと説明し、競技スケジュールも考慮しながら、いつ、どのようなトレーニングをどのくらいするべきかを見極め、指導します。それには、選手たちを理解し尊重した上で、専門知識はもとより、選手と一緒に動ける体力や動きの感覚を共有できる能力、言葉を操るスキルも必須です。
藁科さん自身、現役のバドミントン選手でもあり、ケガや手術も経験しています。また、パラバドミントンのトレーナー兼コーチとしても活動しています。ケガの予防を目的としたトレーニングの観点から見ると、バドミントン競技は、他の競技に比べて研究があまり進められていないそうです。たとえば、多くの選手が肩の痛みを有しているにも関わらず、適切な診断や治療を受けることなく、各自が自己流で対処しているのが現実でした。肩の痛みはどんな競技でも起こりますが、競技ごとに体の動かし方が違うため、痛みの原因や対処方法は異なります。藁科さんは、バドミントン特有の肩の動かし方や特徴を研究し、そこから来る痛みのメカニズムを突き止めました。これをもとに、予防や改善のための方法も提案しています。
ケガと無縁のアスリートはごく稀ですが、ケガの少ない人はいます。それは、厳しい練習をたくさんこなすだけでなく、体のしくみをよく理解し、無理をしない体調管理や予防トレーニング、リカバリー(回復戦略)を怠らない結果です。しかし、中学や高校の部活動では、そのようなことを学ぶ機会がほとんどありません。藁科さんが指導する学生の多くは教育現場や競技現場へ指導的な人材として旅立っていきます。なので、教育の現場にトレーナーの知識を持った指導者が増えること、彼らが各地域のリーダーとなり、競技を頑張る選手たちの良きサポーターとなることを期待しています。
藁科さんがトレーナーの道に進んだきっかけは、アスリートとして自分の体をどうコーディネートすべきかの勉強を始めたことだそうです。トレーナーとして心がけているのは、「エビデンスを重視しつつも選手たちの感覚を大切にする」ことと、「体育人として一緒に動き、模範となる言動や動きができるサポーターである」ことの二つ。個人的には、現役のバドミントン選手を続け、65歳以上クラスのシニア大会シングルスで金メダルを取ることが目標だそうです。
トレーナーを目指す学生の実地指導に熱が入る
文責:広報室 サイエンスコミュニケーター