医療・健康

TSUKUBA FUTURE #105:睡眠中の脳で起きていること

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国際統合睡眠医科学研究機構 本城 咲季子 助教


 私たちは眠っているあいだ、夢を見ている以外は、無意識の状態にあります。深い眠りに落ちていると、少々の音くらいでは、耳に届いているはずなのに気づきません。ただし睡眠中も脳の中では神経が活動しています。脳の神経細胞どうしは、一方向に神経インパルスを発することによって情報を伝達しています。研究者はこれを、神経細胞が「発火」すると表現します。


 ふつうの睡眠は、夢を見ないノンレム睡眠と、夢を見やすいレム睡眠の繰り返しです。「レム(REM)」とは、急速眼球運動を意味する英語Rapid Eye Movementの略です。1950年代初めに、おとなしく眠っているのにまぶたの下で眼球だけが急速に動いている状態がアメリカの研究者によって発見され、命名された現象です。レム睡眠中も脳は活発に動いています。そのため夢を見るのだといわれていますが、よくわかっていません。このとき、脳の活動に反して、筋肉は弛緩しているので身体はだらっとしています。


本城さんの写真

国際統合睡眠医科学研究機構の研究環境はすばらしいし、生活も、ポスドク
として滞在した米国ウィスコンシン州に比べると気候が穏やかで快適と語る。


 それに対してノンレム睡眠は、眼球運動を伴わない睡眠状態です。レム睡眠とは逆で、脳が「眠り」に落ちています。なので夢を見ることもありません。ノンレム睡眠には3段階のレベルがあり、いちばん深い眠りのレベル3だと、起こされてもすぐには目覚めません。ただし、脳も休んでいるわけではなく、高次の情報処理を行う大脳皮質から脳波をとると、神経細胞が発火していることがわかります。ただ、その発火のパターンが起きている時とノンレム睡眠では大きく違います。ノンレム睡眠時に見られる脳波の特徴は、振幅が大きくて波長が長いスローウェーブです。眠りが深くなるほど、すなわち眠りのレベルが1から3へ向かうほど、スローウェーブが大きくなっていきます(それに対して、起きているとき(覚醒時)の脳波は、振幅が小さくて波長が短いのが特徴です)。ノンレム睡眠時のスローウェーブの間には、ばらばらだった神経細胞の発火が〇・数秒(数百ミリ秒)だけ、いっせいに止まる(同期する)瞬間があります。脳の「眠り」と関係があるのでしょうか。それはわかりません。実は、麻酔をかけた状態でも、発火がいっせいに止まる同期現象が見られるといいます。それも、ノンレム睡眠時よりも著しい同期が。ただし、両者の眠りには大きな違いがあります。麻酔状態からは、麻酔が切れない限り目覚めることはありませんが、ノンレム睡眠からは目覚めます。


 本城さんが目指しているのは、睡眠中の脳内で起こっていることを遺伝子レベルで解き明かすことです。原因遺伝子を探す研究では、ターゲットらしき遺伝子の働きを壊したノックアウトマウスを作り、どういう変化が生じるかを見るという手法が、最近の主流です。しかし、ノックアウトマウスを作る過程で、ただでさえデリケートな脳の発生に異常が出ている可能性が排除できません。通常の機能は損なわずに睡眠時や覚醒時の変化をピンポイントで止めるのは至難の業なのです。なので、この手法は使えません。そこで本城さんは、正常なマウスを使い、ノンレム睡眠時特有の脳波の不思議なパターンが、どういう神経回路から作り出されるのかを探ることから始めています。具体的な手法は省きますが、ここはと思われる脳の部位を集中的に調べ、しだいに的を絞っていくという地道な作業です。


 本城さんは、大学院では線虫を研究材料に、老化と寿命の問題に取り組んでいました。博士研究員として所属したアメリカの大学では、大脳皮質のどこがどう活性化されると覚醒が促進されるかを明らかにしました。そのときの経験が、この地道な研究を支える自信となっています。それと、もともと眠るのは大好きという楽天的な性格も、こういう研究には向いているのかもしれません。大好きなぬいぐるみたちに囲まれて、神経生理と遺伝子発現の研究から睡眠の謎に迫りたいと、ひそかに闘志を燃やしています。


藻類オイルを原料とする有機材料の写真

電極を付けたマウスの脳波は、デスクのPCでもモニターできる。
脳波を見れば、マウスが起きているか眠っているかもわかる。


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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・本城 咲季子(国際統合睡眠医科学研究機構)


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