社会・文化

TSUKUBA FRONTIER #028:自分を記録し、発見する 豊かに生きるためのキャリア教育

人間系 藤田 晃之(ふじた てるゆき)教授

1993年筑波大学院博士課程教育学研究科単位取得退学。博士(教育学、1995年筑波大学)。中央学院大学商学部、筑波大学大学院人間総合科学研究科等の教員を経て、2008年に文学科学省国立教育政策研究所生徒指導・進路指導研究センター 総括研究官(同省初等中等教育局 生徒指導調査官(キャリア教育担当)及び教科調査官(特別活動担当)併任)に就任。その後、2013年4月に現職に着任。2018年度より教育学類長。2010年には日本キャリア教育学会から学会賞を授与されている。

キャリアを考えるということ

キャリアを考える、というと、将来、どのような職業に就きたいかを決めることのように思いがちです。しかし、移り変わりの激しい現代社会においては、今ある職業が10年後にも同じように存在しているかどうかも危うい上、終身雇用のような安定した就業スタイルも崩れてきており、キャリアの途中で転職や方向転換を余儀なくされることも珍しくありません。
そんな中では、就きたい仕事を職名や肩書きで考えるのではなく、自分の性格や得意なことをよく理解し、その時々の状況に応じて、それらを存分に発揮できる機会を見つけることが重要です。興味関心のあることに限らず、より広く社会に接し、様々な経験を積み重ねて記録し、折に触れてそれを振り返って内省することで、自分に対する気づきが得られます。そういった活動を、小中学校から大学まで、さらには人生を通じて継続し、豊かな人生を送るための糧とすることが、キャリア教育の目指すところです。
子供の頃は、行動範囲も狭く、自分の知っていることや好きなことだけで将来を考えてしまうものです。その段階で、自分の望む将来像を描けたとしても、他の可能性にも目を向けられるようにすることが、より柔軟に、そして本当に自分に合ったキャリア選択をするための土台になるのです。

小学校から始めよう

藤田教授の写真

来年度からの新しい学習指導要領では、小学校からのキャリア教育が規定されています。早すぎることはありません。キャリアを考えるための土台作りをすることが目的です。とはいえ、「キャリア教育」という教科はありませんから、校内での様々な活動や既存の教科教育の中に、その視点を盛り込んでいくことになります。
学校での活動には、実はキャリア教育につながるチャンスがたくさんあります。教科において、伝記を読んだり、社会科見学に行ったり、ということはもちろん、例えば、係活動や文化祭などで、たとえ不本意であっても、与えられた役割を遂行することが新しい体験になり、そこから自分が得意なことや、優しさ、根気強さといった特徴に気づくきかっけとなります。それらは決して突出している必要はなく、些細なことでも自己認識を深めることが大切です。それには、教師や家族など周囲の大人のサポートも欠かせません。褒めたり促したり、ちょっとした声かけが気づきをもたらします。ですから特に教師には、教科教育はもとより、全人格的な発達を支援する専門家としての側面が改めて求められるわけです。

キャリア教育の源流

日本でキャリア教育が始まったのは1999年のことです。若者のフリーター志向が増える中、職業的な専門性を維持するためには勤労観を培うことが重要だという認識のもと、文部省(当時)の中央教育審議会が答申を出しました。最初の年収だけなら正社員もフリーターも大差ありませんが、長い目で見ると、職能教育や社会保障などに大きな違いが現れます。継続して働くことが社会の安定にもつながるため、キャリア教育がうたわれるようになりました。
キャリア教育をさらに遡ると、進路指導の理念に突き当たります。現在の進路指導は、進学先を決めることに注力されていますが、そもそもは、就職や進学を経て、その後の生活によりよく適応する力を育てる、という理念のもと、戦後まもなく導入されたものでした。しかし高度経済成長期になって、効率よく労働者を育成する必要が生じ、男子は工業へ、女子は家庭へ、という構図が、社会全体として労働力を安定させるための最適解と考えられるようになり、進路指導もそういった方向へと形骸化してしまいました。
これからのキャリア教育には、ワークライフバランスや家庭人としての役割、人種や文化の多様性の許容など、社会参画をしていくために必要な資質能力を養うことも含まれています。ですから、初等教育からスタートすることに意義があるのです。

人生100年時代に対応する

今や、キャリアを考えなくてはならないのは若者だけではなくなりました。すでにキャリアを築き退職期に差し掛かった大人にとっても、その後の人生でどのように社会参加していくかが、大きな課題になっています。かつては、退職後にいかに隠居生活へ移行するかという観点でしたが、昨今は、より能動的に社会と関わり続けていくことが求められます。
収入を得るために働く、というだけがキャリアではありません。とりわけ、セカンドキャリアについて考えるとき、それまでのキャリアで培ってきた様々な知識やスキル、ノウハウを使って社会に貢献することも重要な要素となります。例えば、学校教育や放課後の活動などを通して、それらを子供たちに還元するといったことは、これから大きなマーケットになる可能性があります。ここでも、変化する環境の中で、自分の持ち味をどうやって生かすか、がポイント。その時になって急に考え始めるにしても、自分が歩んで来た道のりを振り返ることのできるポートフォリオを持っていれば、より豊かな選択肢を得ることができるでしょう。

成長のツールに

自分の体験や考えたことを記録し残していくという作業は、その瞬間は面倒に思いますが、後になってみると、必ず役に立つものです。小学校からのキャリア教育には、この作業を習慣化できるようにするという側面もあります。
筑波大学にはこのシステムが整っています。「CARIO(キャリオ)」と呼ばれるもので、入学時からの様々な体験をワークシートに記入します。利用は任意、誰かに見せるようなこともありませんが、これを4年間積み重ねていくと、専攻を決めたり、就職活動をする際の指針が自ずと得られます。自分の成長を実感し、次のステップへ進んでいくための強力なツールです。
小学校から大学、大学院までの教育過程をひとつながりのものとして捉えたキャリア教育が実現すれば、誰もが成長の記録としてのポートフォリオを持てるようになります。思春期のほろ苦い経験も、担任の先生や両親のコメントも、すべて自分の一部。いつかそれを紐解いて、自分についてのメタ認知ができれば、大人になって壁にぶつかったときにも、それを乗り越えていく力になるはずです。

藤田教授の写真

つくばキャリアポートフォリオCARIO(キャリオ

日々の学びや経験を記録に残し、キャリアを考えるためのツールとして活用する、筑波大学のキャリア支援の一つ。それぞれの学生がポートフォリオとして記録を積み重ね、必要に応じて振り返ることで、目標の設定や再構築に役立てる。授業や読書、行事や課外活動、人との出会いなど、学生生活における様々な体験やその時に考えたことなどを、場面ごとに記録するワークシートが50種類ほど用意されており、各自で選び、使うことができる。

URLhttps://syushoku.sec.tsukuba.ac.jp/career/?page_id=11470

028-03.jpg

(文責:広報室 サイエンスコミュニケーター)

(2020.02.18更新)

創基151年筑波大学開学50周年記念事業