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TSUKUBA FUTURE #024:社会に役立つ加速器の研究

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数理物質系 笹 公和 准教授


 2011年3月11日、東日本を襲った大震災は筑波大学にも大きな被害をもたらしました。その1つが、筑波大学研究基盤総合センター応用加速器部門の主要大型実験装置だった12 MV(1200万ボルト)タンデム加速器の損壊です。筑波大学発足とほぼ同時に建設が始まり、1976年から稼働してきた同加速器は、キャンパス北西部に位置する建物のタワー(加速器棟)部分に縦に据え付けられていました。圧力タンク内部に吊り下げられていた総重量約10トンの加速管コラムが、地震の強い揺れによって崩落してしまったのです。この加速器はタワーと一体となっているため、修理も撤去も不可能です。


 12 MVタンデム加速器は、原子核実験用の静電加速器として世界有数の加速電圧を誇っていましたが、物質分析用の静電加速器は必ずしもそれほどの高い電圧を必要としていません。震災復興計画では、新たに加速電圧6 MV (600万ボルト)のタンデム加速器を導入することになりました。加速器本体は2014年3月に搬入され、周辺機器の整備を経て同年9月からの本格的な稼働開始を目指しています。横置きで設置される6 MVタンデム加速器の本体は、全長約9 m、直径約2.7 mもあり、搬入時には建物の搬入口の一部を拡張しなければ入らなかったほどです。加速器というと円形の巨大な施設を想像しがちですが、タンデム型静電加速器は高い電圧で荷電粒子を直線上に加速してイオンビームを発生させる装置です。タンデム型は最初に負イオンを加速しますが、途中で正イオンに変換することで、一つの電圧で2回の加速が可能な方式です。文部科学省「先端研究基盤共用・プラットフォーム形成事業」で採択された先端研究施設・設備として、学内のみならず産業界をはじめとする学外との共同利用を進め、日本の研究基盤の強化に貢献する役割を担っています。


筑波大学に搬入される6 MVタンデム加速器の本体本体画像筑波大学に搬入される6 MVタンデム加速器の本体画像

筑波大学に搬入される6 MVタンデム加速器の本体(2014年3月)


 笹さんは、1999年に筑波大学に着任以来、加速器の維持管理と加速器を用いた研究に従事してきました。12 MVタンデム加速器のシャットダウンはさすがにショックでしたが、もう1台の小型加速器タンデトロン(加速電圧100万ボルト)を活用させると同時に、6 MVタンデム加速器の設計開発と導入準備を進めてきました。大学院での研究テーマは加速器からの重イオンビームを用いた慣性核融合の研究で、重イオン加速器の開発がメインでした。筑波大学の加速器担当になってからは、高精度な加速電圧でイオンビームを発生できる特性を活かして、さまざまな共同研究を推進してきました。加速器で発生させたイオンビームは、用途に応じてさまざまな測定装置に送り込まれます。代表的なものだけでも、加速器質量分析装置、マイクロビーム生成装置、重イオンナノ加工装置、宇宙用素子照射装置、マイクロPIXE元素分析装置、イオンビーム分析システムなどがあります。宇宙用素子照射装置は、人工衛星に搭載する機器の宇宙放射線耐性試験を実施できます。笹さんは、これらの装置を用いた研究への協力はもちろん、新しい研究テーマの相談にも乗っています。


開発を担当したマイクロPIXE元素分析装置の画像

研究に使う装置は自ら開発することも多い。
共同開発したマイクロPIXE元素分析装置。

研究室にある放射性炭素14年代測定用の全自動試料処理装置

研究室にある放射性炭素14年代測定用
の全自動試料処理装置


 筑波大学の6 MVタンデム加速器は、きわめて微量で半減期の長い放射性核種の加速器質量分析で威力を発揮します。さまざまな試料中に含まれる微量な放射性核種を調べることで、それ以外の方法では解き明かせない過去の事実を明らかにすることができます。笹さんがこれまでに手掛けたなかで感慨深い研究に、広島原爆の被ばく線量推定方式の改良につながった共同研究があります。過去の推定方式では、推定値と実測値にずれがあることが判明していました。そこで開発された新たな推定方式DS02の精度を確認するために、正確な実測値が求められました。そこで笹さんらは、原爆ドーム横の元安橋の欄干や旧広島市役所の壁などの花崗岩中の、原爆からの中性子線により生成された核種(半減期30万年の長半減期核種36Cl)の量を加速器質量分析法により測定しました。この調査結果により広島原爆の正確な規模と爆心地修正の検証が行われ、DS02が被ばく線量の新たな推定方式として採用されることになりました。10年ほど前のことです。


2014年秋から稼働を開始する最新鋭6MVタンデム加速器システム。5台のイオン源装置と12本の実験ビームラインを備えている。加速器システム全体の幅はおよそ50m。

2014年秋から稼働を開始する最新鋭6MVタンデム加速器システム。
5台のイオン源装置と12本の実験ビームラインを備えている。加速器システム全体の幅はおよそ50m。


 福島第一原子力発電所事故の調査も行っています。事故直後から取り組み、2011年秋には、福島・茨城・栃木・千葉にまたがる東関東の放射性物質汚染マップをいち早く公表しました。現在は、事故直後に放出されたヨウ素131(半減期8日)の初期降下量の復元を目指しています。ヨウ素131による甲状腺被ばくが懸念されていますが、そのときのヨウ素131はもはや存在しないため、直接の測定はできません。そこで、同時に放出されたヨウ素129(半減期1570万年)を測定することで推定しようというのです。ヨウ素129は微量なため、通常の測定方法では難しく、加速器質量分析法の出番となります。笹さんのモットーは、実験室にこもらず、必ず現場に足を運ぶというものです。福島第一原発周辺での試料採取も自ら行っています。


中国広西チワン族自治区の巨大な立坑(天坑)の形成年代を岩石中の宇宙線生成核種を測定することで推定する研究も行った。共同研究を積極的に受け入れているおかげで、辺境の地で自然の驚異を目の当りにする機会も舞い込む。

中国広西チワン族自治区の巨大な立坑(天坑)の形成年代を
岩石中の宇宙線生成核種を測定することで推定する研究も行った。
共同研究を積極的に受け入れているおかげで、辺境の地で自然の驚異を目の当りにする機会も舞い込む。


 夢のある研究も行っています。たとえば南極ドームふじ基地やグリーンランドで掘削された全長3000mにも及ぶアイスコアを基に、過去数10万年に及ぶ地球環境変動や太陽活動及び宇宙線強度の変動を復元しようという企てです。残念なのは、加速器の維持管理業務があるため、長期の出張ができず、南極とグリーンランドに自ら乗り込めないことです。そのほか、炭素14年代測定法による考古学や文化財資料の年代測定の相談も受けています。加速器の開発からこの分野に入った笹さんですが、現在の関心は、どうすれば加速器を社会の役に立てられるかにあります。


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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