テクノロジー・材料

TSUKUBA FUTURE #028:スポーツからエネルギー産業まで?ものづくりを支える材料のチカラ

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システム情報系 松田 昭博 准教授


 2008年の北京オリンピックに登場した高速水着は、新記録ラッシュを巻き起こし世界中を驚かせました。これをきっかけに、「水の抵抗を減らす」ことに加えて「体の形を整える」ことへと、競泳用水着開発の方向性は転換しました。1本の糸に、もう1本の糸をバネのように巻き付けて伸縮性を持たせた化学繊維で織られた、硬くてよく伸びる生地。これでできた水着を、大きく引き伸ばして着用することで体と密着させ、生地が復元しようとする力で体形を整えます。といっても、体の凹凸をできるだけ平らにするように押さえつけるわけですから、決して着心地の良いものばかりではありません。それでも記録向上には代えられないと、選手たちは苦しいのを覚悟して着ています。


クロールのバタ足の効率を向上させる競泳水着の材質とデザインの研究。クロールする人間を3次元のCGとして可視化し、水着の変形と内部応力のシミュレーションを、水着メーカーと共同で研究している。

クロールのバタ足の効率を向上させる競泳水着の材質とデザインの研究。
クロールする人間を3次元のCGとして可視化し、水着の変形と内部応力のシミュレーションを
水着メーカーと共同で研究している。


 体が水着から受けるこの強い力で、泳ぎそのものをサポートできるのではないか。松田さんはそう考えました。泳いでいる間に疲れてくると、足が沈んでスピードが落ちてしまいます。水着の力をうまく使って足を持ち上げるように支えることができれば、選手たちの我慢も報われるはずです。そこで、水着メーカーと協力して、泳ぐ動作に伴う皮膚の動きと、水着の素材が伸縮する力のデータを組み合わせ、泳いでいる時に、水着が体の各部分に及ぼす力をシミュレーションしました。これで、水着から股関節に作用する力が計算でき、水着を構成するパーツの形状や縫い合わせの角度など、足を支えるのに最適な水着の設計が導かれます。松田さんの研究から、体形を整えつつ泳ぐ力も与えてくれる、そんな新しい水着が生まれつつあります。


クロールする人間を3次元のCGとして可視化した動画


 どんな材料でも、曲げたり引っ張ったりすると変形します。当たり前のこととはいえ、この性質は材料の特徴を表す重要な指標。それを調べるのが材料力学です。材料に加わる力と形状の変化の関係を実際に計測し、そのデータをもとにシミュレーションモデルを作り、それを用いてさまざまな条件下で材料が受ける力の影響を計算します。これには複雑な数学を駆使しますが、いったんモデルができてしまえば、シミュレーションの解析結果は比較的短時間で得られます。この結果を実測値と比較してモデルの妥当性を確かめながら、材料開発にフィードバックしていきます。


 同様の手法を使って、運動が上達するコツを見つけることも可能です。例えば自転車。ペダルを漕ぐフォームに大きな違いはなさそうですが、同じペースで足を動かしてもスピードが出る人とそうでない人がいます。この差はどこから生じるのでしょうか。足からペダルにかかる力を、ペダルの変形から測定するセンサーを作り、ペダルを踏む力の大きさ・位置・方向を再現してみました。すると、上級者ほど股関節を上手に使って一定の調子でなめらかに力を出していることがわかりました。一方、初心者は膝やふくらはぎで踏み込む力だけで不均一に漕ぎます。ペダルにかかる力から、どの関節や筋肉をどんなタイミングで使っているかが解析できるのです。走る、投げる、などの動作にもそれぞれに適した体の使い方があります。ですから、自転車を漕ぐのがうまいからといって、走るのも速いとは限りません。逆に、運動音痴だと思っている人でも、得意な体の動かし方があって、それにピッタリな競技が見つかるかもしれません。


自転車用シューズに取り付ける荷重計を開発。力が加わると金属がわずかに変形する特徴を利用して、ペダルに加わる力を測定する。

自転車用シューズに取り付ける荷重計を開発。
力が加わると金属がわずかに変形する特徴を利用して、ペダルに加わる力を測定する。


 もともと発電所で用いられる高分子材料などの研究に携わっていた松田さんは、エネルギー産業に関わる研究も続けています。火災の際に送電ケーブルが熱から受ける影響の解析や、重量物の落下に伴う大きな衝撃を効率よく吸収できる床材料の開発など、地道な安全確保のために重要なテーマを扱っています。材料工学は人の産業、文化に寄り添って生かされるべき学問だと考えていた松田さんは、筑波大学に着任したとき、総合大学のよさを生かしてスポーツサイエンスにも研究の幅を広げました。エネルギーとスポーツは全く別の研究分野のように思われますが、材料の変形とそれが及ぼす作用という観点では同じです。極端な話、どんな材料や分野でも、松田さんの研究対象になり得ます。


 材料力学は、材料の用途や製品の性能を左右する、あらゆるものづくりの基本の「き」。松田さんは、このような古典的な学問を実際の商品開発に応用して世の中に役立たせる研究を、常に意識しています。おのずと、素材や製品を開発する企業との共同研究が多くなります。研究成果を活かす先が見えていることは、そのまま研究の楽しさにもなっています。松田さんが手がけた新たなスポーツ用具がエキサイティングな競技シーンを演出し、スポーツ観戦がよりいっそう楽しくなりそうです。


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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