生物・環境

TSUKUBA FUTURE #050:町中育ちの森ガール

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芸術系 佐伯 いく代 准教授


 カエデと聞くとカナダを思い浮かべるかもしれません。なにしろ国旗がカエデの葉だし、メープルシロップも特産ですから。しかし160種とも言われるカエデの仲間の過半数は、東アジア産です。カエデとモミジという呼び方に、専門的な区別はありません。日本には28種のカエデが自生しているほか、たくさんの園芸品種がつくりだされてきました。紅葉狩りとか盆栽、造園など、自然でも文化面でも、日本人は昔からカエデに親しんできたのです。


 佐伯さんは大のカエデ好きです。博士論文のテーマは、絶滅危惧種に指定されているカエデの一種ハナノキの保全に関する研究を選びました。留学していたミシガン大学とのプロジェクト、アメリカハナノキとハナノキ(この2種はごく近縁な姉妹種)の比較研究がきっかけで、ハナノキに的を絞ったのです。ハナノキの自生地は川沿いなどの傾斜の緩やかな湿地です。人里に近いそのような土地は開発が進んだことで生育地が小さく分断化されたり消失しつつあるため、絶滅が危惧されるに至ったと考えられます。しかしハナノキの自生地には他の希少種も生育していることがわかりました。現在は、日本の固有種で、やはり絶滅が危惧されているクロビイタヤというカエデにも研究の対象を広げています。筑波大学菅平高原実験センターも調査地の1つです。


菅平高原実験センターのクロビイタヤとその種子01菅平高原実験センターのクロビイタヤとその種子02

菅平高原実験センターのクロビイタヤとその種子


 ハナノキは完全な雌雄異株(雌花をつける株と雄花をつける株に分かれる)ですが、クロビイタヤは雌雄両性株(同じ木に雌花と雄花がつく)、雌株、雄株の3種類があります。この複雑な繁殖様式のせいで、生育環境の分断化による影響は大きい可能性があります。どれくらいの範囲の株が受粉対象となるかを知るには、花粉の分子マーカーを調べる方法が有効です。これはDNA分子の特徴的な配列を指標に、親株を特定するというものです。このデータと、生育地の環境と樹木の分布を地図に落とし、分断化の影響を推定する方法は、景観遺伝学と呼ばれています。


樹上のサッポロマイマイ01樹上のサッポロマイマイ02

樹上のサッポロマイマイ


必要とあれば木にも登る

必要とあれば木にも登る


 2013年、北海道大学苫小牧研究林に助教として着任したことで、カタツムリの研究も始めました。樹上性のサッポロマイマイという種類で、研究林に生えている広葉樹には、多い場合には1本に30匹という高密度で生息しているのです。カタツムリは湿った場所を好みます。ところが樹上は、たいてい乾燥しています。なのになぜ、サッポロマイマイは好んで木に登っているのでしょう。そこで、殻に糸を付けて地面につなぎとめてみました。すると、とても高い確率で捕食されてしまうことがわかりました。その一方で、木の上につなぎとめたマイマイは捕食されませんでした。暗視カメラで記録したところ、エゾタヌキ、ネズミなどが捕食する姿が録画されていました。また地表には、マイマイカブリなどカタツムリを食べる甲虫もたくさんいます。どうやら、サッポロマイマイが樹上生活を選んだ最大の理由は地上の捕食者にあったようです。そのほか、林内に設置されている高所観察用櫓に登り、高木上でのマイマイの生態観察も行っています。

 筑波大学には、大学院人間総合科学研究科世界遺産専攻に設けられた自然保護寄附講座の教員として2014年4月に着任しました。自然を保護するためにはまずなによりも、そこに生息する動植物の生態を知り、保全の方策を練る必要があります。それと、立地によっては人間生活との共生も実現しなければなりません。守るだけではなく、活用して共生する方策を練る必要があるのです。町の中で育った佐伯さんは、もともと特に生きものが好きだったというわけではありませんでした。しかし高校生の頃、自然保護や環境保護に関心をもったことで進路を決めました。この分野は、基礎科学と応用科学、両方からのアプローチが求められます。さらには、保全した自然環境とのつきあい方を広める専門家も必要です。たくさんやりたいことがあると、佐伯さんは筑波大学に機会と場所を得て、パワー全開です。


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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