生物・環境

TSUKUBA FUTURE #069:植物の香りがいざなう学際研究

タイトル画像

生命環境系 木下 奈都子 助教


 木下さんは、筑波大学に着任するにあたり、研究テーマの変更を思案しました。大学院では、乾燥や塩に対するストレス状態に対して植物がどのような応答(反応)をするかを、分子レベルで研究していました。留学したロックフェラー大学では、ストレスに対する植物のダイナミックな応答を研究しました。ロックフェラー大学では植物の研究者は少数派で、嗅覚の神経生理関連の研究をしている研究者がまわりにたくさんいたことから、臭いや香りの科学について、なんとなく興味をもつようになりました。そんなこともあって、研究の場を移すにあたり、植物の香りによるコミュニケーションの研究をしてみようと思い立ちました。そこで選んだのが、応用動物昆虫学研究室への所属でした。同研究室では、農業害虫の天敵となる寄生性昆虫の研究、衛生害虫となるダニの生理学、昆虫が病原菌や天敵昆虫から身を守るための免疫による防御システムの研究、化学生態学などを研究テーマとしています。化学生態学とは、化学物質による昆虫どうしのコミュニケーションや昆虫と植物とのコミュニケーションを研究する分野です。木下さんは植物の香りにいざなわれ、昆虫に食害された植物間コミュニケーションの研究に越境することにしたのです。


食害を受けた植物は警戒警報を発し、情報を共有する!


 植物は、昆虫に食べられるとある種の信号を発します。擬人的に表現すれば、「やられた、いたい、いたい」という悲鳴にたとえられるかもしれません。植物の細胞には、動物細胞と同じように、細胞膜だけでなく細胞質にもそういう信号を感知する受容体があります。この信号伝達経路と同じ仕組みは、食害に対してだけでなく、木下さんがこれまで研究してきた水分ストレスや栄養ストレスでも使われています。ストレスを受けた細胞が他の細胞に信号を発することで、植物体全体としてそのストレスに対応し、準備を固めようというわけです。一方、食害や病害によるストレスは、揮発性物質という香りを介して隣の植物に伝わります。それが、「敵が来たぞ」という警戒信号になります。これを、「ブーケ」を送ると表現する研究者もいるそうです。ただしこの信号には、自己の利益を図る効果もあります。たとえばハダニの食害を受けた植物が出す香りは、ハダニの天敵であるカブリダニを呼び寄せる効果があるのです。また、タバコでは、食害を受けると虫にとっては有害なニコチンの量を増やすそうです。一方、ブーケを受け取った隣の植物も、同じ香りを発することで、あらかじめカブリダニに招集をかけることができます。いうなれば、隣の植物での騒動を「立ち聞き」して備えを固めるのです。病害に際して発せられる信号を受け取った植物では、病原菌に対抗する免疫機構を強化するという対応も知られています。


 植物分子生物学者である木下さんの関心は、ブーケを受け取る天敵ではなく、植物にあります。ブーケを受け取った植物の対応の詳細がわかれば、実際に農場や植物工場などで応用できるのではないかと、夢は広がります。ですが目下は、シロイヌナズナというモデル植物とそれを食べるコナガの幼虫を材料に、基礎研究に打ち込む日々です。そのほか、イネのセシウム吸収に関する学内の共同研究にも参加しています。肥料のバランスを変えることで、セシウムを吸収しないようにしたり、逆にセシウムを選択的に吸収させて放射性セシウムの除染につなげる研究です。  木下さんは、英語での専門科目の授業も担当しており、研究室のメンバーも、アメリカ、ロシア、日本と多国籍。研究テーマだけでなく、教育も研究環境も越境中です。


研究室は多国籍チーム


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


関連リンク

・生命環境系

・木下 奈都子

創基151年筑波大学開学50周年記念事業