TSUKUBA FUTURE #100:小さなハダニから進化の謎に迫る
生命環境系 佐藤 幸恵 助教
社会性の虫と聞くと、誰もがアリやハチ、シロアリを思い浮かべることでしょう。確かに、たとえばアリは、女王アリ、すべてが雌の働きアリ、繁殖行動しかしない雄アリからなる、高度の社会性をもっています。しかし、さまざまな社会的な行動を示す昆虫はほかにもいます。そして、クモと同じ大きなグループに属するハダニでも、萌芽的な社会性が観察されています。北海道大学農学部に入学した佐藤さんは、なんとなく動物の研究がしたいと思い、卒業研究は動物生態学研究室を選びました。そこで、ハダニ、それも特にスゴモリハダニ類の専門家だった齋藤裕教授(当時)の薫陶を受け、ススキに寄生するススキスゴモリハダニを研究することになりました。
ハダニは、英語ではスパイダーマイトと呼ばれています。クモのように糸を吐くからです(ただし、おしりからではなく口から)。ほとんどのハダニは、自分の体を寄主植物に固定するためや、捕食性のダニから身を守るための粗い巣(シェルター)を作るためにその糸を使います。スゴモリハダニ類は、葉脈のくぼみなどに規則的に糸を張り、トンネル状の立派な巣をつくり、その中で集団で生活しています(これがスゴモリという名前の由来)。採食から繁殖、子育まで、ほぼすべての生活をその巣の中で行っています。なかでもススキスゴモリハダニの巣にはトイレまであって、すべての個体が巣をきれいに使っています。孵化したての若虫も、よちよち歩きでトイレまで移動して用をたす姿を見ると、佐藤さんはいじらしい気持ちになるそうです。
菅平高原実験所周辺は研究材料の宝庫。
秋の刈り取り前のススキ草原は背丈も高く黄金色で美しい。
ススキスゴモリハダニは、スゴモリハダニのなかでも社会性が発達した種です。共同保育をし、天敵のカブリダニが巣に侵入してくると、雄が攻撃して仲間を守ります。アリやハチの高度な社会性は、その独特な遺伝的性決定の仕組みが背景にあると考えられています。私たち人間は、男性も女性もゲノム(生きていく上で必要な最小限の染色体1セット)の数は同じで、2セットずつです。それに対してアリやハチは、雄は1セットなのに対し、雌は2セットです。これを単数倍数性といいます。そして、メスは受精卵から生まれ、雄は未受精卵から生まれます。詳しい説明は省きますが、これが、働きアリや働きバチが雌ばかりである理由として考えられています。じつはダニも単数倍数性なので、社会性を発達させる素因を、可能性としては備えていることになります。
ススキスゴモリハダニのコロニーは、雄と雌の比率が偏っています。8割から9割が雌なのです。しかも、場所によっては、コロニーの雄どうしが殺し合いをし、コロニーを独占してハーレムをつくります。雄どうしの殺し合いの頻度(攻撃性)は、営巣地の冬の寒さに関係していることがわかりました。その説明として佐藤さんは、ハダニ類の生態的特性により、寒い地域ではコロニーを構成する個体間の血縁度は高くなることが予想されるため、血縁選択説(自身の繁殖成功だけでなく、遺伝子を共有する血縁個体の繁殖成功も考慮した「包括適応度」を最大にする形質が進化するという考え方)という進化理論の適用を考えています。そこでこの仮説を実証するために、更なる生態・行動の違い、コロニー内の個体の血縁度などを調べていく予定です。そうすることで、南方から入ってきたと思われるススキスゴモリハダニのユニークな行動が進化した仕組みに迫りたいと思っています。
世界的に分布し、多様な栽培植物を加害するナミハダニは、ゲノム情報がすべて解読されており、新規のモデル動物となっています。そのため、ハダニ研究者のグローバルなネットワークがあります。現在、菅平高原実験所にある佐藤さんの研究室には、ウィーン大学教授のピーター・シャウスバーガーさんが滞在し、共同研究を進めています。菅平には、ススキスゴモリハダニはいませんが、たとえばササの葉を裏返すと、簡単にハダニが見つかります。ハダニに限らず、学生実習や一般向けの自然観察会の材料にはこと欠きません。佐藤さんは、もともとは研究者になるつもりはなく、就職希望でした。しかし、卒業研究をするうちに、生きものの生態を研究する楽しさに目覚めたといいます。この楽しさを、1人でも多くの研究者の卵と共有したいと思っています。
ススキスゴモリハダニのトンネル状に増築された巣。成虫、若虫、卵、トイレ(褐色の部分)が見える。白いのは脱皮柄。雌成虫(トイレの右下の個体)は、ジグザグ歩行をしながら糸はりをして巣網を補強する。その際、巣の天井にあたる網にホコリや脱皮殻が付着することで、床(葉の裏面)の掃除にもなる。
ササの葉の裏面に作られたヒメスゴモリハダニの巣。
この種は巣の増築はせず、近くに別の巣をつくる。トイレは巣の外につくる(巣の右下の出入り口付近にある黒っぽい場所)。
文責:広報室 サイエンスコミュニケーター