生物・環境

TSUKUBA FRONTIER #033:震源では何が起こっているのか

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生命環境系 八木 勇治(やぎ ゆうじ)教授


2002年に東京大学大学院理学系研究科で博士(理学)を取得。2002年〜2005年、研究員として建築研究所国際地震工学センターにて勤務し、JICA講師として発展途上国の研究生に地震学をレクチャーする。その後、2005年4月に筑波大学に助教授として着任。2012年〜2016年、文部科学省特別経費プロジェクト「巨大地震による複合災害の統合的リスクマネジメント」の代表を務める。2018年より現職。


多様な地震の姿を捉え理解するための挑戦

プレートテクトニクスなどの理論により、地震発生のメカニズムを大まかに説明することができますが、一つひとつの地震で実際に起こっている現象は多様です。
その原因は、地球の内部構造の複雑さです。どんなに高性能なコンピュータを使っても、地震観測のデータ解析から誤差をなくすことはできません。
地球の全てを知ることは不可能。それを前提にした新しい発想で、地震の姿をより正確に捉えるための解析手法を研究しています。


極めて複雑な地震のメカニズム

地震は、地表の岩盤(プレート)の移動や断層のずれによって生じる現象だということはよく知られていますが、私たちが実際に体験する地震は、どれ一つとして同じではありません。例えば、断層のずれといっても、断層の形状やずれの方向、大きさはさまざまですし、地球内部の構造によって地震波の伝わり方も変わります。
 地震について、私たちが直接得ることのできる情報は、地表で観測されるデータだけです。実際に震源でどのようなことが起こっているのかは、そのデータをもとに推測するしかないのです。観測データからできるだけ正確に、地震の姿を捉えるには、震源での破壊過程(震源過程)を適切に表現するモデルと、解析手法が必要です。すでに、ある程度確立されたモデルや手法がありますが、高品質の観測データによって、実際の地震は、今まで考えられていたよりも複雑かつ多様性があることがわかってきており、ありきたりのモデルや手法では太刀打ちできなくなりつつあります。
 そのアプローチとして、多くの研究者は、できるだけ精緻に地球内部の構造を調べてモデル化し、さらに、地震時に動く断層もできるだけ複雑なモデルにして、解析しようとしています。これは王道ともいえる研究スタイルです。しかしこの方法だと、扱うパラメータが膨大になり、資金やマンパワーを要する「力技」にならざるを得ませんし、そもそも全てを調べ、モデル化することは極めて困難です。


分からないことを分からないとして扱う

だからといって諦めるわけにはいきません。提案したのは、分からないパラメータを無理に調べようとするのではなく、そのまま分からないものと認めた上で、新しい解析手法を構築する、という考え方です。
 この解析手法が地震波解析の分野で画期的だったのは、完全な地球内部の構造を知らないことによって生じる誤差がどのようなものかを明確にしたことと、この誤差の影響を軽減する方法を提示したことにあります。それまでは、そういった誤差をできるだけ取り除くために、王道としての「力技」が用いられてきたわけですが、地球内部を完全にモデル化できないと認めてしまえば、もっと楽に解析ができると考えたのです。そこで、この誤差を統計学的に扱い、モデルの中に取り込んでみると、実際に起こった現象をより良く表現することができるようになりました。
 この解析手法を提案したのは2011年のこと。当初は単独のフロントランナーでしたが、その有効性が認められるにつれ、どんどん研究者が参入してきました。それによって手法自体の改良も進み、今では提案したアプローチが王道のような位置付けになっています。一つの流れができたら、その流れに乗り続けるより、新しい流れを作りたくなるものです。今は、提案したアプローチとは、真逆に近い解析手法を提案しようとしています。新しいアプローチを提案していくことは、限られた研究リソースを有効に活かすための戦略でもあります。


阪神淡路大震災をきっかけに

子ども時代を過ごした岩手県釜石市の周辺は、昔から何度も津波に襲われている地域です。そのため小学校でも、地震や津波に関する授業や、防災教育が盛んに行われました。それが地震に興味を持つようになった最初のきっかけでした。この興味が研究対象としての関心へと具体化されたのが、大学生の頃に経験した阪神淡路大震災です。短時間の揺れで、地域一帯が大きく壊れてしまうような出来事にショックを受けると同時に、なぜそのような現象が起こるのか、震源で何が起こっているのか、知りたいと思うようになりました。
 研究者になって最初に取り組んだのが「地震のカタログ」作りです。地震がどのように発生し、どのように成長していくのかということが記述された新しい地震のカタログがあれば、地震の理解が進み、標準的な地震像がわかり、特殊な地震を見つけることができると考えていました。ところが実際には、一つの手法であらゆる地震を解析しようとしても、適切な結果は得られませんでした。当時の研究者たちは、個々の地震を自分なりに工夫した断層モデルと解析手法でそれぞれ解析していたのです。これでは同じ地震でも、研究者によって異なる姿になってしまいます。全ての地震に適用できて、安定な結果が得られる、堅牢な解析手法がない限り、地震で何が起こったのか記述するカタログを作ることはできません。
 そんな中でひらめいたのが、「分からないことは分からないとして扱う」というアイデア。スランプに陥っていた研究が、これで再び動き始めました。


より早く、より練って

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近年、日本では大きな地震が頻発していますが、それらも、解析対象となる地震としてはやや小規模な部類に入ります。データが多く、解析に適しているのはマグニチュード8クラスの巨大地震です。世界中の地震データは公開されており、誰でも利用することができますから、この分野で研究成果を出すには、地震が発生してから、どれだけ短時間で結果を出せるか、そして、どれだけ練られた手法で解析するかが勝負どころ。もちろん、結果を他の情報と統合して、地震の実像を解明することも重要です。
 データ解析で求めるべき情報はたくさんありますが、一度の計算で多くの情報を得ようとすると、結果は逆に漠然としたものになってしまいます。また、スーパーコンピュータを使うようなスケールの計算になると、装置の順番待ちなどで、思うように研究が進まなかったりします。そういったことも考慮しながら、できるだけシンプルで、かつ効率のよい解析手法を練り上げていきます。


再び地震のカタログ作りを目指して

現在取り組んでいる、もう一つのテーマは、地下600〜700kmの深いところで発生する地震の解析です。深い震源では、超高圧の世界で断層がずれるわけですから、莫大な摩擦熱が発生します。また、浅い震源では観測されないような、しかも、その原因がはっきりしない現象も見られます。そうなると、これまでの解析手法は役に立ちません。さまざまな深さの震源を理解できる、すなわち、さらに汎用性の高い解析手法を開発しようとしています。
 地震は、地球にとってはごくわずかな変化にすぎません。でも、そのわずかな変化が私たちにとっては重要です。地震研究というと、予知や予測をイメージする人もいるかもしれません。観測網はかなり充実してきましたが、その知見をもってしても、それは至難の業。むしろ、起こったことをできるだけ正確に解析し、その結果が積み重なっていくことで、地域ごとの地震のパターンが見えてきます。それは、地震後の対策やレスキュー体制をあらかじめ考えておく上で大切な情報になります。
 そのためにも、あらゆる地震を解析できる手法、そして、その解析結果から導かれる地震の姿を網羅したカタログが求められます。スタンダードとなる解析手法を開発し、地震のカタログを完成させるのが、研究者としてのライフワークです。


筑波大学 生命環境系 八木研究室

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巨大地震や地下深部で発生する地震の発生メカニズムの解明や、そのための新しいデータ解析手法の開発を主なテーマに、地震に関係する様々な研究を行う。最近では複雑な大地震の詳細な破壊過程を安定に求めることができる革新的な手法の開発に成功、この手法を駆使して、大地震時に発生する未知の現象を明らかにすることを目指している。また、大地震前後の地震活動の変化や、深層学習を用いたスロー地震の同定等にも取り組んでいる。
(研究室URL: https://www.geol.tsukuba.ac.jp/~yagi-y/


 


 


創基151年筑波大学開学50周年記念事業