社会・文化

TSUKUBA FUTURE #055:マインドフルネスでいこう!?からだでこころを調える

タイトル画像

人間系 湯川 進太郎 准教授


 電車の中やテレビを前に、ぼんやり過ごしている時間は意外とあります。しかしそういう時も、無意識に過去を思い返したり、未来を想像したりと、心は時空をさまよっています。リラックスしているように思えますが、実はこれが意外なストレスの源泉。昨日あった嫌なこと、明日の試験のことなどあれこれ考えることで、心に負荷をかけているのです。自分では変えられないことを考えれば、無用なストレスを抱え込んでしまいます。


 このような心のさまよいは、マインドワンダリングといって、脳がもともと持っているクセのようなものです。ストレスの元となるなら、なんとかしたいものですよね。それには、心を過去や未来に飛ばさず現在にとどめおくのが一番。良い悪い、楽しい辛いといった価値判断は断ち切り、今ここにあることに意識を向ける。これを自在にこなす技法を「マインドフルネス」といいます。湯川さんはこの方法論を研究し、自ら実践しています。


 そうはいっても、今のことだけに集中するのは難しいことです。マインドフルネスは、訓練して習得すべきスキルであり、その入り口は呼吸法です。意識的にゆっくりと腹式呼吸をすると、その瞬間の身体に意識を集中できます。ヨガや太極拳の不自然なポーズやスローな動きも、意識を身体につなぎ留めておくためのくふうです。しかしどんなに頑張っても、いつの間にか余計なことを考えてしまいます。大切なのは、マインドワンダリングをやめることではなく、そのことに気付くたびに心を今に戻すこと。慣れてくると、身体全体に意識を向けられるようになります。


パントマイムにのめり込んでいた学生時代

パントマイムにのめり込んでいた学生時代


 湯川さんの元々の研究テーマは暴力や怒りの感情でした。怒りや様々なストレスを制御する方法に、筆記開示という方法があります。感情の高ぶりが起こったら、それを文字に書いて気持ちを整理し、その状況を受け入れていくというやり方です。この方法は個別の出来事への対処には有効です。しかし、それだけでは足りない、もっと幅広く、ものの見方全体を変えるようなアプローチはないのか。マインドフルネスと出合ったのは、そんな模索をしているときでした。言葉ではなく、身体で制御する。身体の変化に気付くと、それが感情や認知的な気付きへとつながっていきます。そうした変化に対する感覚が研ぎ澄まされると、怒りだけでなく、ちょっとした感情の起伏にも気付きやすくなります。


 湯川さんは、もともと身体に興味がありました。学生時代にはパントマイムを、大学院からは空手を始めました。どちらも、体の隅々にまで注意を払うという点で、マインドフルネスの考え方と共通しています。武術の稽古は、すなわちマインドフルネスの訓練でもあり、今も欠かさない朝の日課です。毎週水曜日の夜には学内で、武術を用いたマインドフルネス瞑想(湯川さんはこれを"武術瞑想"と名付けています)の研究会も主催しています。


著訳書、雑誌連載の執筆なども多い。

著訳書、雑誌連載の執筆なども多い。


 心理学的なマインドフルネス(マインドフルネスストレス低減法、MBSRともいう)は、仏教の瞑想や座禅をベースに、ジョン・カバット=ジンによって1970年代にストレス低減の手法として確立されました。マインドフルネスに関する研究はこれまで数多くなされ、その効果については科学的に実証されています。ゆっくりとした呼吸は副交感神経の働きを高め、これを意図的に調節すれば、心身をうまくリラックスさせられます。ただ、マインドフルネス自体は、自己の状態や変化に対する気づきを得るだけで、特に心身への良い効果を期待するものではありません。しかし、結果的にストレスが減ったり、集中力が向上したりするので、日常生活を健康に送れるようになり、仕事の効率もアップします。そのため、心理療法や人材育成などにも応用されています。ただし、重要なのは続けること。継続的に実践し、自分の意識を観察する感覚を身につけることが肝心だそうです。コントロールしようとするのではなく、結果的にうまくマネジメントされていることを期待せずに待ちます。そのためには、今この瞬間を、価値判断することなく、能動的に観察するだけです。まずは深呼吸から始めてみましょうか。


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


関連リンク

・人間系


創基151年筑波大学開学50周年記念事業