社会・文化

TSUKUBA FUTURE #052:職場のコミュニケーション環境

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ビジネスサイエンス系 稲水 伸行 准教授


 社員の一人ずつに専用の机と椅子を割り当てる従来の方式に対して、原則として固定席を設けない方式は、フリーアドレスと呼ばれています。1987年に清水建設の技術研究所が初めて導入したと言われています。当初はOA機器の増加に伴うスペース不足解消のための策だったようですが、その後、新しい働き方の提案として注目されてきました。ただしフリーアドレスというのは和製英語。英語ではノンテリトリアルオフィス(なわばりのないオフィス)という言い方が一般的です。オフィスのコミュニケーション環境を良くする目的で、90年代に広まり出したとのこと。一方、出向や外回りで常時埋まっているわけではない席を共有し、空いたスペースの有効活用から出発したのは、いかにも日本式の発想です。


 稲水さんは、東京大学大学院で経営学を専攻する中でフリーアドレス方式と出合い、経営組織論の観点から注目してきました。2014年には、ワークプレイスとワークスタイルに関する研究会であるオフィス学プロジェクトを立ち上げました。フリーアドレスの研究は、主に建築デザインの視点から行われてきました。しかし、ワークシェアリング、在宅勤務、情報通信技術(ICT)の向上など、オフィス環境を取り巻く状況の変化により、デザイン主体ではなく、むしろワークライフバランス、コミュニケーションの活性化等への期待から導入が進んでいます。したがって、ほんとうにコミュニケーションは進むのか、働き方は変わるのか、その答が求められています。稲水さんのオフィス学プロジェクトは、そうした社会の要請に答えるために、職場環境の変革を社会科学、経営組織論の観点から実証的に分析・研究しようというものです。そうすることで、生産性・創造性を高める組織と環境の要因を明らかにしようというのです。その重要な要素の一つがフリーアドレスです。


研究者には個室も必要。自室にはスタンディングデスクを導入した。

研究者には個室も必要。自室にはスタンディングデスクを導入した。


 フリーアドレスはスペースの節約になるというのは誤解ですと、稲水さんは語ります。固定席はない代わりに、フリーアドレス席に加えて、ミーティングスペース、個人が集中できるブース、固定席なども設定しないと、真の効果は望めません。したがって、従業員あたり必要なスペースは逆に広くなります。7掛でいいだろうとスペースを狭くするのは逆効果。椅子取りゲームではないので、席の数はむしろ1.2?1.3倍にする必要があるそうです。さてそれで、その効果はいかほどなのでしょうか。一般には、プラスとマイナスがあるとされているそうです。いわゆる大部屋の固定席は、近辺の人とは常時コミュニケーションしやすいタイプですが、交流の幅は必然的に狭まります(粗なネットワーク)。そこで席を自由化すると、多様な人との交流機会が増えるわけで、コミュニケーションは広がるはずです(密なネットワーク)。また、フリーアドレスにともなって、書類は電子化され、データベースやクラウドで共有されます。マイナス面としては、自分の居場所がないことへの不安、結局は席が固定化してしまって意味がない、部下の動向を把握しにくい(その結果、中間管理職に不満がたまる)などがあります。


コミュニケーション・ネットワークのシュミレーション。空間は広ければ広いほどよいというわけではない。

コミュニケーション・ネットワークのシュミレーション。空間は広ければ広いほどよいというわけではない。
左:適度な広さ。個々は孤立せず、緩やかに統合。多様な文化が併存。
右:広い空間。近いものどうし、強く結びつき、全体も一つに統合されてしまう。支配的な文化が生じる。


 要はバランスなので、オフィスのフリーアドレス化によって本当にコミュニケーションが活性化し、組織のパフォーマンスが上がり、ひいてはイノベーションにつながるかどうかは一概には言えないそうです。そもそも客観的評価が難しいテーマなのです。稲水さんは、実地調査の機会を探る一方で、コンピュータシミュレーションによる研究も進めています。たとえば、粗なネットワークと密なネットワークを想定し、公式の話し合いの場(会議)が多い場合、少ない場合などの条件を設定して問題解決能力を評価するというものです。稲水さんはこの研究で学会賞を受賞しました。その成果は、『流動化する組織の意思決定 エージェント・ベース・アプローチ』という本にまとめられています。現場の問題としては、オフィス空間を変えることでコミュニケーションの活性化は確かに進みます。しかし真の問題は、会社をどういう組織にしたいのかというマネージメントにあると、稲水さんは力説します。明確なポリシーに基づく組織作りとそれを活かすためのワークスタイル、その視点から今後も研究を進めていきたいそうです。


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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