社会・文化

TSUKUBA FUTURE #065:つくば方式模擬国連を仕掛ける言語学者

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人文社会系 木田 剛 准教授


 人の母語はどうやって決まるのでしょうか。俗に三つ子の魂と言いますが、言語獲得は母親のお腹の中にいるときから始まっています。赤ちゃんは子宮の中で、母親、あるいは周囲の会話のイントネーションやトーン、文法や話の中身まで、全身で受け止めているのでしょう。生まれた後も、家庭内や属するコミュニティで交わされている言語環境や文化の影響を受けます。木田さんによれば、そうした中で、言語は情報交換のための単なるツールではなく、その人のアイデンティティの一部となっていきます。教育でも、家庭とその周辺で使われている言語での授業の方が、算数などの論理的な内容については特に、効果が上がるとされているそうです。


 木田さんは、高校卒業後にフランスに留学し、建築学を学びました。フランス留学を目指す同級生に触発されてのことでした。しかし、自らのフランス語習得の経験から言語学にも興味をもち、最終的には言語学で博士号を取得しました。第二言語習得にあたっては、周囲の環境から有形無形の社会心理的な影響を受け、モチベーションに反映されます。神経言語学という研究分野では、心の問題と言語能力の発達や喪失との関係が明らかにされています。第二言語習得には母語も影響します。英語習得の場合、欧州系は文法を間違いながらもすぐに話せるようになるのに対し、アジア系は話せるのは遅いかわりに文法の習得は正確だとか。あるいは、イタリア語とスペイン語は単語も似ていますが、母語の知識をそのまま移行してしまうため、言語の微妙な差異を修正できないまま身につけがちだそうです。ただし、ジェスチャーや間のとり方など非言語的な側面も関係するため、コミュニケーション文化全体のなかで言語を位置付けることが重要だといいます。



TEMUN本会議 参加者は一人一国を代表し、正装で臨む。


 木田さんは、2012年から大学の授業として模擬国連を毎年実施しています。模擬国連とは、1950年代にアメリカで始まったプログラムで、参加者が国連機関の各国代表となって議論し、交渉術やデベートの仕方を学ぶイベントです。世界中に普及しており、日本でも盛んになっています。日本では英語コミュニケーション授業の一環として実施している学校が多いそうです。木田さんは、自らの専門である第二言語習得の方法論を基に筑波大学独自のプログラムに仕立て、筑波大学方式の英語模擬国連Tsukuba English Model United Nations (TEMUN) と命名しました。グローバル人材として求められているスキルは何かというニーズ分析をした後、筑波大学の特性にあったやり方を模索し、動機付けなどにも配慮したプログラムをデザインしたのです。


 TEMUNのプログラムは、半日の授業3回の準備講習をした上で2日間にわたる会議に臨みます。参加者は、大学院生と学群生(他大学の学部生にあたる)、それに高校生の参加も認めています。社会人入学の学生や外国人留学生もいるし、他大学からの参加者も。理系の学生が多いことも含めて、参加者の多様性は、開かれた大学、領域間の敷居が低い筑波大学が誇る資源です。準備講習では、国際会議で使用される定型表現を学ぶと同時に、本会議で討議する議題(アジェンダ)についての予備知識を身につけます。国連機関で実際に検討されているアジェンダを毎年新たに選び直しています。他の模擬国連では、平等性を保つために、通常は参加者が母国の代表にはなれません。しかしTEMUNでは、多様な国からの留学生がいる強みを活かすために、その禁を破りました。およそ60人の参加者のうち、毎年1/3ほどは母国の代表を務めています。母国や専門的知識をもつ国の代表になることで、モチベーションが上がります。予備講習では不安な表情をたたえていた面々が、自信たっぷりに議論する姿を見るのが毎年の楽しみと、木田さんは語ります。本音は自分も一国の代表として参加したいのだとか。


 TEMUNという独自の方式は、国内外から大きな注目を集めています。木田さんは、100人規模のTEMUNを実施する体制を目指すと同時に、研究成果として発信する準備を進めています。


TEMUNでの最終決議はアジェンダを借用した国連機関にフィードバックすることもある。


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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