TSUKUBA FUTURE #112:オリンピック・パラリンピック教育をレガシーに
体育系 宮崎 明世 准教授
オリンピックには、スポーツの競技大会の最高峰、というイメージがあります。ワールドカップなど、競技によっては、よりレベルの高い国際大会もありますが、それでも、オリンピックは何か特別な雰囲気をたたえています。その正体は「オリンピズム」。近代オリンピックの創始者クーベルタンが唱えた思想で、「卓越(Excellence)、敬意・尊重(Respect)、友情(Friendship)」の3つの価値から成っています。また近年では、「勇気(Courage)、強い意志(Determination)、インスピレーション(Inspiration)、公平(Equality)」という4つのパラリンピックの価値も示されています。競技の成績だけではなく、高い精神性・倫理観も求められる大会は、他にありません。これらの価値に基づき、国際的な視野に立って世界平和に貢献する人材を育てることが「オリンピック・パラリンピック(オリ・パラ)教育」です。宮崎さんは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、オリ・パラ教育のプログラム開発と、その全国展開に取り組んでいます。
海外からの訪問者に対するおもてなしはもちろん、競技を観戦して感想文を書いたり、インターネットを使って海外のオリンピック関連情報を調べたり、これまで行われてきたオリンピックの社会背景を学ぶなど、オリ・パラ教育はとても広い範囲をカバーしており、さまざまな教科との関連付けが可能です。スポーツにおいても、ルールを守ったり相手を思いやることから、自分のプレーを分析し、より高めるための練習方法を考えることまで、いろいろな切り口があります。さらには、行きすぎた商業主義や、大会後の競技施設の利活用など、オリンピックの負の側面を議論の題材として扱うこともできます。スポーツそのものに関心がなくても、オリンピックから学ぶべきことはたくさんあるのです。
オリンピック教育は、1970年代から各国で行われるようになりました。日本でも、1964年の東京大会、72年の札幌大会、98年の長野大会の際に、それぞれ実施されています。例えば長野大会では、「一校一国運動」として、長野市内の小中学校がそれぞれ交流する国を決め、その国の文化や言語を学ぶといった国際交流を進めました。この活動は今では世界中に広がっています。2020年の東京大会開催が決まってからは、新しいオリ・パラ教育の推進が始まりました。筑波大学はそれに先立って、オリンピック教育プラットフォーム(CORE)を立ち上げ、宮崎さんもその中心メンバーとして活動を開始しました。
小中高校や特別支援学校といった各種附属学校を擁していることも、筑波大の強みです。大学との連携による、それぞれの学校・学年に応じたオリ・パラ教育プログラムの実施に加え、定常的に行われている、学年間や附属学校間の交流機会を利用した活動も行なっています。特別支援学校ではパラスポーツも盛んで、多くのパラリンピアンを輩出しており、そういった先輩アスリートを招いて体験談を聞いたり、普段は支援される側になりがちな特別支援学校の生徒が、健常の生徒にパラスポーツを教えるなど、ユニークなオリ・パラ教育が展開されています。かつては附属高校の体育教師だった宮崎さんにとって、このような新たな教育モデルを構築することも研究テーマの一つです。
東京オリンピック・パラリンピックを控え、選手の選考や施設の整備は大詰めを迎えています。オリ・パラ教育も、ボランティア対象のものも含め、全国への普及を加速させています。しかしながら、東京から離れた地域では、現実味に乏しく、まだ浸透しきっていないところもあるのが現状です。地域の特徴を生かしたオリジナル教材を作って精力的に取り組む学校も増えている一方で、ただでさえ忙しい学校の中で、教育課程への位置付けが難しいために、オリ・パラ教育が教師の負担に感じられている側面も否めません。教員研修やこれから教師を目指す学生の育成などの場で、オリ・パラ教育の必要性を説きつつ、効果的な教材を増やし、提供していくことがこれからの課題です。
オリンピック・パラリンピックは生きた教材。どの大会でも、開催期間中には多くの物語や逸話が生まれます。それらの中に普遍的なオリンピズムを織り込み、各教科に適した教材へと仕上げ、大会後も継続して使えるように残していく、そうしてオリ・パラ教育を一過性のものではなく、「オリンピック・レガシー」として定着させることが一番の目標です。
クーベルタン・嘉納ユースフォーラム2018で高校生向けに授業
全国展開事業の参加自治体との情報共有(オリンピック・パラリンピック・ムーブメント全国展開事業 全国セミナーにて)
文責:広報室 サイエンスコミュニケーター