社会・文化

TSUKUBA FRONTIER #041:自分の内面を言語化する新しい美術教育

石崎教授の写真

芸術系
石崎 和宏(いしざき かずひろ)教授



筑波大学大学院博士課程芸術学研究科修了、博士(芸術学)。
秋田大学助教授、オハイオ州立大学客員研究員、宇都宮大学准教授、筑波大学准教授を経て現職。
Aesthetic development in cross-cultural context: A study of art appreciation in Japan, Taiwan and the United States, Studies in Art Education, 43(4), 2002、『美術鑑賞学習における発達とレパートリーに関する研究』(風間書房、2006)、「美術鑑賞文におけるレパートリーの考察」『美術教育学』27、2006(『美術教育学』賞受賞)、『美術鑑賞学習における思考の可視化と深化』(東信堂、2022)など。

多様性を認め合う幅広い鑑賞へ

 美術作品は静かに一人で味わうもの...ではなくなってきています。 歴史や技法を知らなくても、作品に対して感じたことを可視化し、人と語り合い、 それぞれが自分なりの解釈をする、そんなアプローチもあっていいはずです。 鑑賞の手引きとして誰もが使えるツールを開発し、美術との新しい向き合い方を提案しています。


美術との関わり方は人それぞれ

美術との関わり方は人それぞれ

 これまでの図工や美術の授業では、自分で作品を制作・表現することに重きが置かれてきました。でも、学校を卒業した後も、表現活動を続ける人はどのくらいいるでしょうか。むしろ、美術館やイベントを通してさまざまな作品に親しむことの方が多いはず。一方で、名画とされるような作品であっても、それを前にして、何をどのように鑑賞したらいいのか、途方に暮れてしまうこともしばしばです。つまり、必要なのは、鑑賞方法を学ぶことなのです。それには、学校教育はもちろん、大人になってからでも遅いということはありません。
 作品から感じ取ることは人それぞれです。鑑賞者にとってはそれが、自分の気持ちや生き方を振り返ったり、他者を理解するきっかけになったりします。作品の時代背景や作者の意図とは別に、現在の社会や鑑賞者が置かれている状況が、作品の持つ意味を変えてしまうことだってあり得ます。ですから、見る人によって違った解釈になるのは当然で、その違いを認め合うことも大事です。


鑑賞の足掛かりを提供する

 つまり、鑑賞方法に正解はないわけですが、そうはいっても、なにかしらの足掛かりは欲しいものです。その最初の一歩になるさまざまなツールがあります。例えば、美術館まで行かなくても、美術作品の絵葉書を見ながら、そこに描かれている要素や色、形などを洗い出していきます。これなら、難しい美術の知識がなくても大丈夫。いきなり評論したり感想を語る必要もありません。さらに、学校の先生などがファシリテーターとなって対話を進めていけば、自分がどんなところに関心があるのかを発見することもできます。
 ツールの仕掛けは単純で、手作り感も満載ですが、作品をただ眺めるだけではなく、言葉を引き出してくれる優れものです。こういったツールを使っていろいろな鑑賞方法にチャレンジしてくうちに、得意な鑑賞方法が見つかったり、鑑賞の選択肢、レパートリーが増えていきます。最近は、美術館でも同様のツールを使ったり、ワークショップを行うなど、美術の楽しみ方が多様になっており、鑑賞スキルを身につける機会も増えています。


言語化がもたらす美術鑑賞の魅力

 ここで重要なのは、言語化するということです。作品を見て、感動した、衝撃を受けた、といった内面的な心の動きを、なんとなくの感覚にとどめずに、きちんと言葉で表すことで、視覚イメージと言葉との間に相互作用が起こり、さらにいろいろな思考を巡らせ、深めることができます。他の人とのコミュニケーションを通して、それを共有したり、それぞれの違いを許容することで、作品に新たな価値が生まれます。これこそが、美術鑑賞の魅力です。こうした活動は、作品と作者があるだけでは成立しません。美術にとって、鑑賞者はなくてはならない存在なのです。
 また、言語化というのは、近年の教育の中でも重視されている力の一つです。美術教育においても言語化のトレーニングができれば、各教科を横断するような包括的な力を培うことにもつながります。こうした背景もあり、美術鑑賞への取り組みが行われるようになってきました。


創造的な美術鑑賞へ

 教科としての美術は、創意工夫の幅が広く、 やりがいのあるものです。Artist、Researcher、Teacherの頭文字をとった「ART」という言葉もあり、従来の制作中心の教育から、生涯教育の観点も含めた内容へと、これら3者の視点で教育実践を進めていく考え方が注目されています。鑑賞に注目した美術教育は、実は新しい研究分野です。  美術鑑賞は決して受動的な行為ではありません。作品制作と同様に、それぞれの個性を発揮できるとても創造的な活動であり、自己表現でもあるのです。美術作品も、没入型の展示や映像とセットになったもの、仮想空間に入り込むようなものなど、新しいスタイルがどんどん登場していますから、鑑賞支援ツールにもこれまでにないアイデアが必要になります。より多くの人が美術に触れ、作品を媒介として、それぞれの人生を豊かにすることを目指して、美術鑑賞の世界を広げています。




筑波大学芸術系 石崎研究室

石崎教授の写真

学習科学の知見をふまえて、美術鑑賞学習での深まりや広がりを支援するための思考の可視化方略モデルを検討し、それを生かした美術鑑賞支援ツールや学習方法について実証的に探究している。とくに作品要素と鑑賞行為との関係性から鑑賞スキルを構造化し、その視点を鑑賞者が自らの美術鑑賞のモニタリングとコントロールに活用していくメタ認知的支援に注目し、それを促すデジタル支援ツールの開発を進めている。


(URL:https://www.geijutsu.tsukuba.ac.jp/kansho/


(文責:広報局 サイエンスコミュニケーター)

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