テクノロジー・材料

TSUKUBA FUTURE #015:破壊から創造へ~衝撃に強い構造物をデザインする~

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システム情報系 磯部 大吾郎 教授


 日本の建物は耐震性に優れていると言われますが、実際に大きな地震が起こった際にはたくさんの要因が複合的に重なることで、思わぬ被害が生じることがあります。例えば、東京都心ではビルとビルの間隔が数10センチしか離れていないところがあります。隣り合う建物の高さや強度が異なると、揺れの周期がずれ、建物同士が衝突して壊れる可能性もあります。耐震設計では、建物単独で地震の揺れに耐えられる強度は設定されていますが、外側から大きなものがぶつかるような衝撃は考慮されていません。同様に、津波に関しても、浮力や漂流物に対する設計指針はまだ十分に整備されていないのが現状です。東日本大震災を契機に、建物にモノがぶつかることも想定し、これに耐え、壊れずに残るための設計が重要視されるようになっています。


長周期地震動に伴う建物の倒壊再現解析

長周期地震動に伴う建物の倒壊再現解析


 壊れない建物を設計するには、壊れる条件や衝撃の種類と壊れ方の関係などを理解しなくてはなりません。しかし建物の倒壊は日常的に起こることではありませんし、そのような実験を実施することも困難です。そこで登場するのがシミュレーション技術。磯部さんは「有限要素法」という手法を用いて、さまざまな力、衝撃によって建物が倒壊する挙動をシミュレーションし、そのメカニズムを解析しています。


 2001年9月11日の米国同時多発テロによる世界貿易センタービル倒壊のシミュレーションも行いました。ビルの高層部で発生した火災が最初の崩壊の原因ですが、その衝撃だけでビル全体があれほどの速度で崩れ去るとはとても考えられません。シミュレーション結果を解析したところ、飛行機が突入した際の衝撃波の伝わり方が推定できました。この衝撃波によって、床を支える梁の接合部が外れ、建物全体を貫くコア柱にかかっていた荷重が一気に消失。その反動でコア柱が縦(鉛直)方向に引っ張られ、その連鎖によって急速に崩れていったものと推定されました。通常、建物は鉛直方向に大きな力で引っ張られることまでは想定していないため、柱の継ぎ目も鉛直方向の力には弱い構造になっています。そのせいで、ビル全体が積み木崩しのように一瞬で崩れてしまったのでしょう。こういったことが明らかになるにつれ、アメリカでは建築基準が変わり、柱を途中で分けて衝撃が全体に伝わらなくする工法が採られるようになりました。


WTCの航空機衝突シミュレーション

WTCの航空機衝突シミュレーション

高層建物の火災崩落シミュレーション

高層建物の火災崩落シミュレーション


高層ホテルの発破解体シミュレーション

高層ホテルの発破解体シミュレーション



電磁デバイスを用いた発破解体実験システム

電磁デバイスを用いた発破解体実験システム


世界貿易センタービル倒壊のシミュレーションはいくつもありますが、ビル1棟を丸ごとモデル化してシミュレーションし、衝撃波の影響を実証したのは磯部さんの研究だけであり、世界的に注目されました。衝撃波が伝播する様子を解析できたのは、磯部さんが開発した有限要素法による倒壊シミュレーション技術の成果でした。有限要素法は、複雑な形状や性質を持つ物体を単純な形に分割し、個々の要素を簡単なモデルに置き換えて表現した後、これらを再構成して全体の挙動を予測するものです。


 日本で最初にこの手法が導入されたのは、船舶工学の分野でした。タンカーや軍艦などの船体構造の設計や流体解析から、日本のシミュレーション技術は発展しました。磯部さんはその分野の出身です。この手法は汎用性が高くプログラミングも容易なため、この方法を応用して、より高速でスムーズに動くロボットの設計などにも取り組んでいます。また、このシミュレーションを応用すると、爆薬によるビルの解体時の挙動も再現できます。磯部さんはその研究も行っており、実在するビルを発破解体するCG映画制作のアドバイザーを務めたこともあります。

     

 シミュレーション技術は、事故や災害をきっかけに、後追い的に研究が進むという側面は否めません。しかしシミュレーションによって、建物内での強度のバランスや、建物にかかる力をうまく逃がす構造などに関する知見が得られます。その積み重ねが、より安全で災害に強い建物の設計指針を実現するのです。


トルクキャンセリングシステムを搭載した歩行ロボット


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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