テクノロジー・材料

TSUKUBA FUTURE #053:宇宙のあやとり

タイトル画像

数理物質系 伊敷 吾郎(いしき ごろう) 助教


 ひも理論という言葉を聞いたことがあるでしょうか。弦理論とも呼ばれるこの理論、宇宙は「ひも」とか「弦」でできていると言われてもねえ。だいいちそんなことでは絡まってしまわないの? 弦理論を研究している伊敷さんに、そんな素朴な疑問をぶつけてみたところ、優しく答えてくれました。


 弦理論は、素粒子の運動の統一的説明を目指しています。アインシュタインの一般相対性理論は、ニュートン物理学をみごとに補完しました。きわめて強い重力の作用や光速に近い運動をうまく説明できたのです。ところが、素粒子のミクロな世界に一般相対性理論は当てはまりません。そこは量子力学の世界です。ところが量子力学では逆に、重力を説明できません。計算しようとすると、答が無限大になってしまうのだそうです。物質は、突き詰めていくと20種類ほどの素粒子でできています。それらの素粒子は、互いに4種類の相互作用をしています。重力相互作用、電磁相互作用、弱い相互作用、強い相互作用の4つです。重力相互作用を除く3つの相互作用は、場の理論と呼ばれる理論で説明できます。素粒子を、大きさのない「点粒子」と見なして計算することで、多くの現象が説明できるのです。ニュートン力学では、物体の運動は初期の状態が決まれば一通りに決まります。しかし素粒子では、有名な不確定性原理により、A地点からB地点までの運動は無数に考えられます。量子力学では、点粒子が描きうる軌道、すなわち線をすべて足し上げるような計算をします。極端な話この方式で、3種類の相互作用が説明できます。ところがこれでは、重力の相互作用は記述できません。そこで、点粒子としての素粒子を1次元の「ひも(弦)」に見たてて、線ではなく面を足し上げるという考え方が弦理論なのだそうです。単純に仮定した状況では、この方式で4種類の相互作用が記述できることがわかっているそうです。


 なんとなくわかったようで、それでもよくわからない話ですね。われわれは3次元の世界に生きています。縦と横と奥行きですね。それに時間の軸も入れると4次元の世界になります。ところが弦理論は、時間も入れて10次元の世界を想定しています。それ以下だと数学的に矛盾するので、最低でも10次元が必要なのだそうです。では、とりあえず時間軸は除くとして、9次元の空間次元と、われわれが暮らす(認識する)3次元空間はいったいどういう関係にあるのでしょう。上述のように、弦理論が考える大本の空間次元は9次元なのですが、そのうち6つの次元が何らかの運動によって小さく丸まり、残る3次元だけが見えるようになったのだろうと、弦理論では考えるのだそうです。たとえばと、伊敷さんはこんな例を話してくれました。空中に浮かぶ球の表面を歩くアリは、世界を2次元と認識しているかもしれません。その球がぐんと引き伸ばされて細いワイヤーのようになれば、その上を歩くアリは、世界を1次元と認識するかもしれません。さて、現実の多次元世界はどうなっているのでしょう。


研究室にはパソコンとホワイトードとソファーだけ。研究員と院生を交えて数式を描きながら正しい計算式をつくっていきます。

研究室にはパソコンとホワイトードとソファーだけ。研究員と院生を交えて数式を描きながら正しい計算式をつくっていきます。(右)

研究室にはパソコンとホワイトボードとソファーだけ。
研究員と院生を交えて数式を描きながら正しい計算式をつくっていきます。


 それにしても、4次元でも頭がくらくらするのに、10次元とは。伊敷さんは子供の頃、空間を3次元と考えることを不思議に思ったそうです。その上そこに、属性の異なる「時間」の軸まで考えることがなぜ可能なのか。その疑問は、高校の数学で座標系を習ったことでますます膨らんだといいます。しかし大学は工学部の建築学科に進学。それが、大学3年のとき、本屋で見つけた理論物理学の一般書を読んで興味が復活したそうです。スモーリンという物理学者が書いた『量子宇宙への3つの道』という本です。相対性理論と量子力学を統合する量子重力論を解説した本です。量子重力論の1つが弦理論です。それからホーキングの本や弦理論の本を読みふけり、大学院で本気で研究する決意を固めたそうです。筑波大学に着任する直前の2014年4月には、場の理論の1つであるゲージ理論と、弦理論の発展形である超弦理論が等価である可能性を一部説明する共同研究をSCIENCE誌に発表しました。目下の目標は、いくつか出されている有名な「予想」を証明することだそうです。


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


関連リンク

・数理物質系

・伊敷 吾郎

創基151年筑波大学開学50周年記念事業