テクノロジー・材料

TSUKUBA FRONTIER #008:実在しない世界を実感する 人と工学システムの絶妙なインタラクション

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システム情報系 岩田 洋夫(いわた ひろお)教授

1957年 東京都生まれ
1981年 東京大学工学部機械工学科卒業
1986年 東京大学大学院工学系研究科修了(工学博士)
    ?筑波大学構造工学系助手
2002年 筑波大学機能工学系教授

バーチャルリアリティ、特にハプティックインターフェース、ロコモーションインターフェース、没入ディスプレイの研究に従事。SIGGRAPHのEmerging Technologiesに1994年より14年間続けて入選。Prix Ars Electronica 1996と2001においてインタラクティブアート部門honorary mentions受賞。1998年 テクノフォーラム・ゴールドメダル賞受賞。2001年 文化庁メディア芸術祭優秀賞受賞。2011年 文部科学大臣表彰科学技術賞受賞。


行動と感覚がマッチする

 最近の3D映画はとてもリアルな映像を提供しますが、観客が手を伸ばしても触れるものはありません。押す力に応じて扉が開く、踏み込む力から地面の凹凸が分かる、そういった感覚は、自分の行動を実感するために不可欠なものなのです。単に実在しない世界を実在するかのように見せるだけでなく、その中で行動した時に適切な手ごたえを感じられるというのが、バーチャルリアリティーの神髄です。周囲の世界が全く架空の映像だとしても、そこでの行動とそれに伴うはずの体性感覚が整合していれば、その世界は十分に「あり得る」ものになります。
 この技術の応用として期待されているのが外科手術のシミュレーターです。附属病院の消化器外科グループと共同で、手術器具を操作したり臓器を取り出す感覚を再現するシステムを開発しています。外科医の養成には時間がかかる上に、患者を練習台にはできませんから、効率的にトレーニングをするために、バーチャルリアリティーは最適な技術といえるでしょう。
 このような研究を始めたのは1980年代後半のこと。まだ「バーチャルリアリティー」という言葉もなかった時代です。成果を発表しようにも、「触感」は論文やポスターではなかなか伝わりません。そこで考えたのが「実演」という発表形態でした。装置を体験できる「対話セッション」を、学会に初めて設けたのです。今では一般的ですが、当時は画期的な発表スタイルでした。

デバイスアートの世界を開く

 それでも学会は閉じた世界です。成果を世の中に出してみたいという思いが募りました。1996年、オーストリアで開催される「アルスエレクトロニカ」というメディアアート芸術祭のインタラクティブアート部門に装置を出品したところ、見事に入賞し、一般来場者に実機を体験してもらう機会を得ました。学会とは規模も対象者も大違い。人々の反応もまるで異なるものでした。
 その時の作品は「Cross-active system」というもの。2人の参加者の一方の手のひらの上で、もう一方の人が弄ばれるような感覚を味わう装置です。両者の関係性によって、そこにはさまざまなコミュニケーションが生まれます。アートという意識はありませんでしたが、そういう新しいコミュニケーションのアイデアも含めて、工学システムがアートとしても評価されたわけです。
 工学の枠組みを越えたことで、研究者同士の議論では見えなかった課題やニーズが発見され、それが次の研究へとつながりました。これまでに、20点以上に及ぶ「体験できる研究成果」を国内外で展示し、工学と芸術が融合したこの領域をけん引しています。その活動は、ここ10年ほどで「デバイスアート」として広く認知されるようになりました。

「歩く」こともバーチャルに

 デバイスアート作品のひとつに「ロボットタイル」があります。このタイルの上で歩こうとすると、タイルは後方へ移動し、踏み出した足は別のタイルが受け止めます。歩く方向は自在。足の位置を検知して、タイルがその方向に先回りしてくれるのです。歩いている本人は普通に前進していますが、実際には足踏みで飛び石を渡っているような動きになります。タイルは上下にも動くので、階段やぬかるみなどの歩行感覚を表現することも可能です。
 歩くという動作を組み込むと、バーチャルリアリティーの応用範囲は格段に広がります。例えば災害時の避難シミュレーター。ある場所で火災が起こった時の映像を直径1.5メートルほどの特製球面ディスプレイに投影し、それを球体の内側から眺めると、あたかも火災現場にいるように感じます。さらに自ら周囲の状況を把握し、逃げ道を探して歩くことで、障害物を回避したり疲労を感じるなど、地図上で経路をたどるよりもはるかにリアルな避難体験が得られます。

巨大ロボで世界観を変える

 バーチャル世界をつくり出す最先端の装置は、時に無骨なまでの機械的な姿をしています。特に歩行感覚を正確に再現するためには、複雑な機械の組み合わせや微妙な調整が欠かせません。設計段階から試行錯誤の繰り返しです。それができる研究室は、ここを含めて世界で3カ所だけ。バーチャルリアリティーの研究にはものづくりの技と情熱も要求されるのです。
 現在製作中の巨大ロボット。高さ5メートルの人型に近いものです。プログラムリーダーを務める「エンパワーメント情報学プログラム」で計画している新しいエンパワースタジオに導入される予定で、もちろん操縦可能です。ロボットの操縦というと、コックピットに座って操縦かんを握るイメージがありますが、この装置は自分の足で歩き、その歩行感覚が拡張されます。巨大ロボットの動作や感覚を自分のものとして捉える、そんな体験をしたら世界観が一変するはずです。それによって、アイデアや思想を表現する力や、分野を横断して協働する力を身につける、新しい人材育成を実現しようとしています。
 バーチャルリアリティーは人と工学システムとのインタラクション。その表現形態としてのデバイスアートを通して、リアルな研究・教育、そしてコミュニケーションの可能性を広げています。


 

(文責:広報室 サイエンスコミュニケーター)