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TSUKUBA FUTURE #088:カエルの声に誘われて

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システム情報系 合原 一究 助教


 物理学とカエルが大好き。この嗜好を両立する道がはたしてあるのでしょうか。合原さんは、この難題に答を出しました。物理を学ぶために京都大学に入学した合原さんは、学生--サークル野生生物研究会に入会しました。生き物好きが集まるサークルで、各地に出かけては生き物の観察に明け暮れたそうです。子供の頃から特にカエルが大好きだった合原さん。隠岐の島に行った折、たくさんのカエルが棚田の水際でタイミングを揃えて鳴き交わす光景にいたく心を奪われました。そして、個々のカエルは互いにどういうタイミングで鳴いているのかを調べることにしました。


秘密兵器の「カエルホタル」。
英語名はfireflyで、サイズは6 cm×10 cm×2 cm程度、特許も公開済み。


 そこで問題は、夕暮れの田んぼの畔に並ぶカエルの発声をどうやって記録したらよいかでした。試案の末、メカに強い共同研究者が、近くで鳴き声を探知するとLEDランプが光る小型装置を開発してくれました。名付けて「カエルホタル」。事前に、この装置を畦に40センチ間隔で設置しておきます。夕闇が迫り、ニホンアマガエルが水辺に陣取って鳴き始めると、カエルホタルも点滅を開始します。それを動画撮影し、後で解析するのです。解析の結果、近くのカエル同士が鳴き声の重複を避けるように交互に鳴くことがわかりました。この結果は、近隣個体が鳴くタイミング(位相)に影響を与え合うことを仮定した数理モデルとも一致しました。カエルの合唱は、オスがメスを呼び寄せるためのコールです。なので、オスはライバルに後れを取るわけにはいきません。そうした個別の利益追求が、全体ではあたかも2つの集団が交互に鳴き交わすかのような大合唱となるのです。


カエルホタルの設置作業。


 パナマでも、国際共同研究をしています。体長3センチほどのトゥンガラガエルのオスは、喉を大きく膨らませて、「トゥン・ガガッ」と聞こえる声で鳴きます。しかも、「ガッ」の音が多くて大きいオスほど、メスにもてます。ところがこのコールは、カエルを捕食するコウモリや、吸血する蚊までも引き寄せてしまいます。合原さんたちは、「カエルホタル」装置を配置して鳴き声のパターンを記録すると同時に、蚊の採集装置も各所に配置しました。その結果、、「ガッ」の音を多く含む鳴き声を高頻度で発するオスほど、メスだけでなく、より多くの蚊を引き寄せることがわかりました。カエルがいっせいに鳴く行動には、メスを求めてオス同士が競う側面があります。トゥンガラガエルは、メスにもてるオスほど蚊にも好かれるというマイナス効果も甘んじて受け入れているようです。もしかしたら、このプラスとマイナスのせめぎ合いから、鳴き方のパターンが制約を受けている可能性もあります。それは今後の課題です。野外の調査場所には、人の血を吸う蚊もたくさんいます。しかし、調査結果に影響が出ると困るので、虫よけスプレーを使うわけにもいきません。研究は楽しいことばかりではありません。


 合原さんたちは、カエルの種間関係も調べるために、特定の波長の音だけを感知して光る「カエルホタル2」も開発しています。これを使えば、たとえばニホンアマガエルとシュレーゲルアマガエルの鳴き声を識別して光らせることが可能です。さらには、アマガエルそっくりで、喉を膨らませて鳴くカエルロボットも共同研究者と一緒に製作しています。これをメスに見せて、どういう鳴き方をするときにいちばんもてるかを調べる予定です。そのほか、コウモリの反響定位(エコロケーション)行動も調べています。コウモリは、超音波を発し、その反響を聞くことで、障害物や獲物となる蛾の位置を探知するほか、その飛び方まで感知できます。その際、複数のコウモリがどのような飛行経路で効率よく獲物を捕食しているのかに興味があるといいます。同じ研究室の、速度制御技術が専門の河辺徹教授や学生といっしょに、鳥が着地するときの速度制御の研究も始めました。たとえばカモメがよくとまるブイを2台の定点カメラで撮影し、ゆるやかに着地するための速度制御法を解析しようというのです。


 最近は、海の生き物にも手を広げました。フジツボでコロニーを形成するコツブムシというワラジムシの仲間です。コツブムシは、オスがギーギーという音を出すのですが、どのような役割があるのかよくわかっていません。大好きな生き物を観察して物理学の手法で解析する研究について、じつに楽しそうに語る合原さん、研究のフィールドはまだまだ広がりそうです。


FULL DIMENSIONS STUDIO 織田隆治さんと共同開発中のカエルロボット。
小型モーター搭載で、空気で喉が膨む。




文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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