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TSUKUBA FUTURE #093:キーワードは情報の変換

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システム情報系 善甫 啓一 助教


 拡張現実(AR)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。たとえば「ポケモンGO」がそれと言えば、おわかりいただけるかもしれません。スマホに映る現実の風景に仮想の映像が重ねられることで、現実が仮構の世界に拡張されます。それに対して仮想現実(VR)では、仮想の映像が眼前で展開されます。つまり、仮想現実は疑似体験を提供してくれるのに対し、拡張現実が提供するのは、現実世界の補完なのです。


 拡張現実の応用を研究している善甫さんは、それをさらに広げて知能拡張システムと呼んでいます。善甫さんの喩えによれば、それはオリンピック選手もパラリンピック選手もサイボーグも実質的に同じ土俵に乗せてしまうシステムなのだそうです。個人の限られた能力や障害をテクノロジーで補完すれば、可能性が広がります。たとえば、聴覚障害をもつ人に、相手の話し言葉を瞬時に文字情報に変えて、頭部に装着する特殊なゴーグル、ヘッドマウントディスプレイ上に映し出す。あるいは視覚障害をもつ人には、立体音響と超音波を用いて、聴覚で地図情報を提供する。立体音響というのは音源の位置を錯覚させる技術です。これを使えば、駅の改札やトイレの場所の位置すべてにスピーカーを設置しなくても、少数の超指向性スピーカーを制御することで、必要な人だけに必要な全方位情報を提供できます。音源の位置を錯覚させてだます技術という言い方もできそうです。


手にしているのがヘッドマウントディスプレイ


 わざと錯覚を起こさせることを、善甫さんは知覚情報をハックすると表現します。外部の物理情報を変換して人に知覚させようというのです。前述の視覚情報を音情報に変換するのもそうですが、研究の視野には味覚情報のハックも入っています。かき氷のシロップの味が色で錯覚されるように、ヘッドマウントディスプレイ越しに食べ物の色味を変えれば、健康管理のため塩分の取りすぎ防止も個人が好きな味で食べることも同時に可能だろうというのです。


 善甫さんは、筑波大学で学ぶ間に自らの関心領域も拡張させてきました。学類(学部)時代は電波望遠鏡の研究、大学院修士では経営学、博士課程では音響信号処理の研究と渡り歩いてきたのです。博士研究員時代はサービス工学の研究をしていました。生来のガジェット好きと、隔たりのない目立ちたがり屋を自認する善甫さん、広く浅くを信条に、研究分野を越境した複数の学際的研究を同時に進行させています。大学院生時代には、「教員プレゼンバトル」という大学院生向けの講義科目を企画し、学長に直訴して実現させるという行動力を発揮しました。


 経営学修士の経歴を活かし、サービス現場での実験的研究も展開中です。スーパーマーケットの買い物カゴに赤外線ビーコンを装着し、その角度を計測する受信機によって客の動線を記録すると同時に買い上げ商品情報も吸い上げ、ビッグデータを収集しようというのです。そう書くとたいそうな装置に聞こえますが、善甫さんは、これを低コストかつ高精度に実現することに成功しました。目指す先は、すべての客にピンポイントでサービスを提供することです。商品の好みや並べ方はもちろん、知覚拡張装置と組み合わせれば、お探しの商品が語りかけてきたり、言語の異なる人たちが自由に会話を楽しみながら買い物を楽しむことだって夢ではありません。善甫さんはそれを、19世紀以前の物理学が想定した宇宙を満たす物質「エーテル」のようにAIが空間を満たす世界と語ります。


 サイバー空間・フィジカル空間をシームレスに繋ぎ,人の知覚を拡張することで情報を等価にしていくことで,人の経済・社会活動の選択肢が広がっていく。信号を補完することで物理的な壁(五感)を克服すれば、社会の仕組みや、仕事のあり方も変わっていく。善甫さんの口からは、元気な言葉がポンポンと飛び出します。なるほど、AIなどのテクノロジーで置き換えられることはすべて任せてしまえば、その分、時間が浮き、個々人がそれぞれ創造的な活動を楽しめる社会が訪れるかもしれません。それがどのような「シームレスに最適化された新世界」を生み出すことになるのか、それを研究したいと、善甫さんは熱く語ります。とそのとき、スマホの電話が。なんと、ネットで予約した店から確認の電話が返ってきたようです。「新世界」の到来はまだちょっと先かもしれません。


サイバー用語からマーケティング用語まで、多彩なレトリックを繰り出すプレゼンは定評がある


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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