テクノロジー・材料

TSUKUBA FRONTIER #026:みんなが使えるAIへ アルゴリズムで現実世界とサイバー空間をつなぐ

026-top.jpg

システム情報系 櫻井 鉄也(さくらい てつや)教授

筑波大学システム情報系教授、2017年より筑波大学人工知能科学センター長を務める。理化学研究所客員主幹研究員、放送大学客員教授、MathDesign社CEOを兼務。シミュレーション、データ解析、画像解析、ディープラーニング等の数理アルゴリズムの研究を行っている。スーパーコンピュータを活用する固有値解析アルゴリズムに関する研究業績により平成30年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞」を受賞した。

最適な方法でデータを解析する

家電製品から人事面接に至るまで、様々な場面でAIが活用されるようになりました。それらは、スマートスピーカーやロボットといった姿で私たちと接していますが、その正体はアルゴリズム(計算方法)です。アルゴリズムはAI研究の一番の基礎になるものです。与えられたデータをどのように解析し、どういった情報を得るか、それはアルゴリズムにかかっています。同じデータでも、そこから何を知りたいかによって、使うべきアルゴリズムが異なります。
AI研究自体は1950年代からあり、何度かの浮き沈みを経て、ようやく花開いた分野です。現在のように、具体的に役立つ形で使えるようになった要因には、インターネットの発達によって容易に大量のデータが集められるようになったこと、それらのデータの中から反復的に学習して解析する機械学習が可能になったこと、などが挙げられます。
膨大なデータから特定の情報を引き出すことができるようになった一方で、医療データなど、数が少ない上に、取得するのにコストがかかるデータの中からも情報を見つけたいというニーズも出てきました。その場合には、すでにわかっている正しい情報と照らし合わせる方法(教師あり)や、与えられたデータから何らかの関係性を見出していく方法(教師なし)を使います。データの種類や解析の目的に応じた最適なアルゴリズムを見つけることが、AIの能力を向上させます。

複雑な世界をモデル化する

櫻井教授の写真

AIを活用するということは、現実の世界で起こっている現象をサイバー空間に表し、アルゴリズムを使って解析し、その結果を再び実世界にフィードバックすることです。とはいえ、実際の現象は極めて複雑で、全てを忠実にサイバー空間に表すことはできません。ですから、解析したい事柄に着目してモデル化をすることで、個々の現象を取り扱います。
モデル化の際には、現象を細かく分割してそれらの相互作用を解析します。例えば自動車のボディーの振動などを解析するには、ボディーを細分化し、各部分がどのように影響し合うかを方程式に表します。この方程式は汎用性があり、化学反応における電子間の反応などに関するモデルにおいても、ほとんど同じ形になります。もちろん、パラメータごとに複雑な数式が含まれますし、実際の計算では何億ものデータを扱いますから、簡単に答えが得られるわけではありませんが、互いに影響を与えるということで考えれば、全く違った現象のようであっても、共通のモデル化の手法が使えるのです。
アルゴリズムの観点からは、そのようにして様々なシミュレーションやデータ解析を行います。その性能を上げていくことで、より正確に現実社会を捉え、適切なフィードバックが可能になります。

学際性を活かしたAI研究

これからの社会では、AIだけでなく、コンピュータや様々なデジタルデバイスなどが、どんどんと使われるようになるはずです。その流れをしっかりと捉え、対応していくために、筑波大学では2017年に「人工知能科学センター」を設立しました。コンピュータサイエンスや情報系の研究者が揃っていることに加えて、学際研究をしやすい環境が整っているのが本学の強み。単にAIの基盤技術を研究するだけではなく、それぞれの研究グループが持っている膨大なデータを、AI研究で有効活用していくための核としての役割を担っています。
AIは、解析したいものがあって初めて、その力を発揮します。ですから、解析すべきデータを持っている分野と協働することは必須です。逆にいうと、解析の術がなければ、せっかくのデータを活かすことはできません。医療、モビリティ、農業、スポーツ、さらにはマーケット分析など多岐に渡る分野でAI活用のポテンシャルがあり、そこをつないでいこうというわけです。その一つとして、附属病院で蓄積したデータを集めて解析するプロジェクトが進んでいます。

人とAIがコラボする社会へ

人間の生活は膨大なデータの塊。日々の行動パターンや健康情報などを蓄積すれば、その中から病気などの予兆を見つけて適切なアドバイスを提供することが可能です。スマートフォンなどのデバイスにはたくさんのセンサーが搭載されており、個人の様々なデータを集めることは比較的簡単です。ただ、今のところはまだ、セキュリティの問題も含め、それらのデータを活用しきれていません。
それに、最先端のAIでも、動物の写真を見て全く違うものだと認識するなど、人間ならあり得ないような間違った判断をすることがしばしばあります。ビッグデータや機械学習といっても、判断基準として人間が持っている知識の幅広さに比べれば、限られた知識にすぎません。ですから、AIが出した答えを人間が検証するプロセスが不可欠です。完全にAIに任せてしまうのではなく、人間とAIがコラボする、その方策を探っていくことが重要です。

みんなが使えるAIを

近い将来、人間が行なっている仕事の多くがAIに置き換わってしまうという話が聞かれます。人間にとっては困ったことかもしれませんが、もはやAI研究を止めることはできません。実際、ある部分については、AIの方が人間よりもはるかに優秀で、そのような仕事はAIに任せた方が効率的です。そのことを「仕事が奪われた」と考えるのではなく、「別の仕事ができる」と捉えるべきです。
コンピュータアルゴリズムも、かつては大勢の手計算をする人たちがいることを前提に研究されていました。それぞれの計算結果をお互いにやりとりして、全体としての結果を得る、というのは、現在のスーパーコンピュータの構造と同じ。それが機械化されたのはここ50年ほどのことです。計算機の出現によって多くの人々が仕事を失いました。しかし同時に、プログラミングなどの、それまでには存在しなかった新しい仕事が登場し、彼らの知識やスキルはそこで活かされることになりました。
自動車やパソコンも、かつてはごく限られた人にしか使えない特別なものでしたが、今では誰もが使えるもの、なくてはならないものになっています。そうやって社会全体が変化していくのです。いずれはAIもそのような位置づけになっていくはず。その先も、より良い仕組みを求めて、アルゴリズム研究は続きます。

櫻井教授の写真

筑波大学 人工知能科学センター

AIに関する先進的研究と教育を推進するため、2017年4月に設立された。本学の特徴の一つである学際性を生かし、AIの基盤的な研究にとどまらず、また、医療・健康・スポーツ・アート・モビリティなど、学内の様々な分野の研究グループが、横断的にAIを活用したネットワークを形成するためのハブ機能を担う。「人を支援するAI」の開発を重視し、超スマート社会の実現に向け、学内の各センターとともに、実用化・産業展開までを見据えた産学連携も図る。

026-03.jpg

(文責:広報室 サイエンスコミュニケーター)

(2019.10.21更新)

創基151年筑波大学開学50周年記念事業