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TSUKUBA FUTURE #124:初期宇宙の実像を観測で解き明かす

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数理物質系 橋本 拓也 助教

 宇宙が誕生したのは今から138億年前。その直後に超高温・高圧の火の玉状態となり、大爆発(ビッグバン)を起こします。その後、宇宙は膨張を続け、温度が下がっていく過程で、星や星の集まりである銀河が生まれました。

 これが、現代宇宙論に基づく、初期宇宙形成のシナリオです。では、最初の銀河が生まれたのはいつごろで、どのように成長を遂げてきたのでしょうか。南米チリの巨大電波望遠鏡「アルマ望遠鏡」やジェームズ・ウェッブ宇宙望遠など最新鋭の観測装置の登場で、人類はその姿を実際に捉えつつあります。橋本さんも、こうした宇宙の根源的な謎の解明に取り組む一人で、次々に新しい知見を報告しています。

 そんな橋本さんが「これまでの研究生活で最もインパクトがあった」と語るのが、2018年5月に英科学誌ネイチャーに掲載された論文です。橋本さんは当時、大阪産業大学の博士研究員。同大の井上昭雄准教授(現早稲田大教授)らとともに、地球から132.8億光年離れた銀河に酸素が含まれていることを突き止めました。アルマ望遠鏡を使った成果で、酸素が観測された銀河としては最遠方でした。

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原始銀河団の密集部分の将来予測図(数千万年後の姿)
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橋本さんたちが捉えた原始銀河団の密集部分の想像図

 これは何を意味しているのでしょうか。

 まず、地球からの距離が一つ目のポイントになります。遠く離れた天体から光や電波が届くには時間がかかります。132.8億光年先の銀河を捉えたということは、132.8億年前(宇宙誕生から約5億年後)の銀河の姿を見たということです。つまり、この研究は、酸素を含む最古の銀河を観測したということになります。


 二つ目のポイントが酸素の検出です。実は、ビッグバン直後の宇宙には水素など軽い元素しかありませんでした。より重い酸素は、水素が集まってできた星の中で進む核融合反応で初めて作られました。橋本さんたちの観測結果は、誕生から約5億年後の宇宙には、星の中で作られた酸素が既に大量にあったことを示しているのです。橋本さんたちは、他の観測データも合わせ、この銀河ではビッグバンから2.5億年後には活発な星の形成が始まっていたと推定しました。

 「当初はそんな遠方の銀河から酸素が検出できるとは思ってもらえず、アルマ望遠鏡の観測時間を確保するのに苦労した。観測結果が出た時は、興奮して眠れなかった」と橋本さんは振り返ります。

 銀河がお互いの重力で集まった集団を銀河団と呼びます。橋本さんたちは、最遠方(131.4億光年先)の原始銀河団をジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とアルマ望遠鏡で観測することにも成功しました。その結果、多くの銀河が狭い領域に集まることで、星の成長と死のサイクルが急速に進んでいることが分かりました。

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ゼミでは学生たちとじっくり話し合うことを心掛けている

 橋本さんたちが観測した原始銀河団の密集部分には四つの銀河があり、このうち三つから塵が検出されたからです。その一方で、密集部分以外からは塵は見つかりませんでした。

 重い星は一生を終える際に超新星爆発を起し、さまざまな元素をまき散らします。その元素が結びついて塵となり、それが新しい星の材料になります。つまり、塵が見つかった密集部分は、それ以外の部分に比べて、星の生と死のサイクルが急速に進んでいたのです。

 地球に比較的近い銀河の観測から、銀河同士が密集した環境の方が、個々の星の生死のサイクルが速く進むことが分かっていました。これを「環境効果」と呼びます。橋本さんたちの研究は、宇宙誕生から約7億年前の銀河団で「環境効果」が既に生じていたことを明らかにするものでした。また、これら四つの銀河の将来をシミュレーションしたところ、数千万年以内により大きな一つの銀河になると予測されました。


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「つかみどころのない謎を追いかけることが楽しい」と語る橋本さん

 この研究は、今年9月に開かれた日本天文学会秋季年会の注目研究に選ばれました。

 橋本さんたちの研究から見えてくるのは、星々の誕生と死が活発で、銀河が衝突・合体を繰り返すダイナミックな初期宇宙の姿です。

 橋本さんが宇宙に関心を持ったのは、小学生の時。観測史上最大とも言われるヘール・ボップ彗星を見て宇宙に目覚めたそうです。さらに、宇宙図鑑で美しい銀河の存在を知り、遠くの銀河、つまり過去の銀河を解き明かしたいと考えるようになったとか。

 「つかみどころがない謎を追いかけることが楽しい。これからも星や銀河の形成など初期宇宙の謎を解明し、人類の知の地平の拡大に貢献したい」と橋本さんは話します。

 橋本さんも所属する本学の宇宙史研究センターでは、南極大陸の内陸部高原地帯に口径10m級の電場望遠鏡を建設し、遠方宇宙にある暗黒銀河などの観測を目指しています。電波観測の邪魔になる水蒸気が大気中に少ない一方、晴天率が高く、地球上で最も観測に適した場所だからです。それに先立ち、口径30㎝の小型電波望遠鏡を南極に設置することが決まりました。橋本さんたちの一層の活躍が期待されます。


(文責:広報局 サイエンスコミュニケーター)


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