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筑波大学✕人工知能 #01 人間や社会のふるまいに自然法則を見出して数理モデル化。人間とAIの関係性にも着目。

#001

人間や社会のふるまいに自然法則を見出して数理モデル化。人間とAIの関係性にも着目。

佐野 幸恵 准教授

筑波大学 システム情報系
佐野 幸恵(さの ゆきえ)准教授

PROFILE

2001年奈良女子大学理学部物理科学科卒業。

2003年同大学院人間文化研究科物理科学専攻修了。

修了後は株式会社富士通ゼネラルに入社し、消防システムのエンジニアとして勤務。

2013年東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻修了。

2013年博士号(理学)取得。

日本大学理工学部助手、筑波大学システム情報系社会工学域助手などを経て、2022年より現職。

主な研究領域は、社会経済物理、ネットワーク科学、計算社会科学、ウェブサイエンス、社会工学、大規模データ解析。人間の集団から生まれる社会、経済、文化などの現象の中に自然法則を見つけ出し、数理モデルを構築して理解する研究に取り組んでいる。

 私たち人間は、自らの意志によって行動している個々の存在です。ところが、個々の人間が集まった組織や社会などでは、SNSの「バズる」「炎上」といった特定の情報が急速に拡散されていく現象のように、集団が一つの意志を持ったようにブームが生まれ、一斉に同じような行動をとることがあります。このような人間社会の動きの背景にある、基本法則・原理を読み解き、記述する学問分野が「社会経済物理学」です。
 システム情報系社会工学域の佐野幸恵准教授は、ブログやソーシャルメディアなどインターネット上に存在する膨大なデジタルデータを解析し、人間集団のふるまいを数理モデル化する研究に取り組んでいます。さらに近年は、人間と人間の関わりにとどまらず、人間とAIが互いに影響し合うことで生じる変化についても研究を進める佐野先生に、発展著しい社会経済物理学について聞きました。

人間社会の現象を確率・統計的に分析し、そこに共通する数理構造を導き出したい

Q 「社会経済物理学」は一般の方にはあまり聞き馴染みがありませんが、どのような学問分野なのでしょうか。

 とても複雑に見える人間のふるまいや社会の中に自然法則を見つけ出して、その数理モデルを組み上げて理解しようというものです。1990年代に物理学のフロンティアとして発展した領域で、広い意味では「複雑系」や「非平衡統計力学」といった、多数の要素が相互作用する系を扱う物理学の一分野と認識されています。

 社会経済物理学はもともと経済物理学と呼ばれ、株価や為替などの経済や金融の現象を、統計的法則などを用いて物理学的に解明する学問領域でした。そこからさらに集団や社会まで範囲を広げて、人間社会で生じるあらゆる現象を対象とするようになったことから、今では社会経済物理学と呼ばれています。

Q 社会や経済の中にある自然法則を見出すために、どのような手法を用いるのでしょうか。

 元となっているのは物理学の中でも、統計物理学(統計力学)と呼ばれる学問分野です。統計物理学では、一つひとつの分子の動きを見るのではなく、分子の集まりの典型的なふるまいとして捉え、速度分布などを確率論的に導き出します。そうして導き出したミクロな統計量と、観測できる温度や圧力などのマクロな統計量とを結びつけて理解するのが統計物理学です。

国際会議の写真
(ネットワーク科学の国際会議NetSciXで招待講演を行った様子。2025年1月にインドで開催)

 社会経済物理学も、ミクロとマクロを橋渡しする統計物理学から発展しました。人間社会の中には数理構造などないように見えますが、人間一人ひとりの行動や個性などをあえて削ぎ落とし、シンプルなデータとして見ることで解析が可能になります。物理学でも微細な分子の動きを直接観測することはできませんが、理論的に計算して導き出しているのと同じです。ネット上であればソーシャルメディア上の個人の発言がデジタルデータとして活用できますし、コンビニの売り上げのようなPOSデータも消費行動を示すデータです。また、子どもの活動などを観測すればそれもデータとなります。

 観測したミクロなデータを確率・統計的に見て、景気指標やGDP(国内総生産)といったマクロな経済指標と結びつけて理論的に解析します。そのようにして導き出された特性について、異分野と比較しながら傾向や相違点を見出していくのが社会経済物理学です。

 例えば、ソーシャルメディア空間でデマが広がっていくことと、感染症が広がっていくことは同じ関数で表現することができます。そのように統計物理学的な視点で分析してみると、社会経済の中にある自然法則が見えてくるのです。

Q 佐野先生はどのようなきっかけで社会経済物理学という分野に興味をもったのでしょうか。

 子どもの頃から宇宙が大好きで、大学時代は物理学部で物性物理の研究室に所属し、大学院修士課程で複雑系の研究室に所属しました。複雑系は、人間の脳の構造を模倣したニューラルネットワークなど、多数の要素が複雑に相互作用する多彩な現象を対象とする分野で、この頃に社会経済学に出合ったのです。しかし、卒業後は就職すると決めていたため、「日本各地に出張で行けそう」という安易な理由で一般企業に就職し、消防システムを開発するSEとして働いていました。

 そうして4年働いた後、大学院の頃のように時間を忘れて全力で研究に打ち込んでみたいという思いが生まれ、退職して博士課程に行くことを決めました。博士課程に進むにあたっては、日本の経済物理学の第一人者である東京工業大学(現・東京科学大学)の高安 美佐子 先生のもとで研究させてほしいと、高安先生に直接コンタクトをとって直談判しました。

 この研究分野を選んだのは、それまで学んできた物理学の概念や解析手法を用いて経済現象を分析し、あらゆる人間の営みは数式で表せるということがすごく面白いと思ったからです。このテーマについて、とても印象的なエピソードがあるのでご紹介します。

 2015年7月、Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグ氏がオンライン上でさまざまな質問を受け付けるオープンクエスチョンを開催したところ、物理学者のスティーブン・ホーキング博士が「科学におけるあなたが知りたい疑問は何?」と投げかけました。それに対してザッカーバーグ氏は「永遠の命を得るにはどうすればいいか」「全ての病気を治す方法はあるか」などの疑問を挙げてから、最後に「人間の社会的な関係における普遍的な数学的法則はあるのか」と発言しました。この問いは社会経済物理学の問いそのもので、私が研究したいこともここに表現されています。

インターネット上のブームや炎上はどのようにして起こるのか、数理的に紐解く

Q 佐野先生の研究はどのような現象を対象にしているのですか。

 主な観測対象はインターネット上のブログやX(旧Twitter)などのソーシャルメディアです。博士論文では、東日本大震災が起きた2011年に「津波」などの特定の単語がブログ上でどの程度出現したのか、その頻度や時系列を分析しました。もともとブログを読むこと、書くことが好きだったので個人的にも興味深い研究テーマでした。果たしてブログ上の単語を統計的に分析することなど可能なのかという不安もありましたが、研究テーマとして取り組んでみると、物質と同じような法則性を見出せるとわかったのです。

 それぞれのブログは個性がありますが、数百万人のブロガーのブログを「分子の集まり」として捉えると、確率的・統計的に分析することが可能になります。そのために、まず数億におよぶ記事を対象として、特定のキーワードを抽出し、その出現頻度がどう推移するかを時系列データにまとめました。

 そこからわかったことは、「津波」という単語を含むブログ数は3月11日に急増し、翌12日にピークを迎えたあと、ゆっくりと長く尾を引くように減少していったということです。これは統計モデルの「べき乗則」という法則に見られる現象です。 「べき乗則」は、ガラスを床に落とした際の破片の大きさと数、地震の大きさと発生頻度などの自然現象や、日本の企業所得分布などの社会経済現象でも幅広く観測されます。ガラスが割れたときの破片は、大きなものは少なく、中くらいのものはそれなりで、細かいものほど多くなります。これをグラフにすると、左側に大きな山があり、右側になだらかで長い裾(ロングテール)が伸びる形になります。さらに、対数グラフに当てはめると、データが直線状に並ぶのが特徴です。「津波」という単語を含むブログ数の推移も、このような「べき乗則」で表現される関数系(べき関数)になっていたのです。(図1)
 自然現象の一つに、物質が温度を変化させていくと特定の温度から急激に状態が変化する「相転移」がありますが、この相転移の前後(臨界点付近)では、物理量の応答が指数関数ではなく、べき関数で記述されることが知られています。解析の結果、これら社会的な相転移の前後においても、臨界現象に特有のべき関数という共通の数理構造が現れることが明らかになりました。
 さらに研究を進めると、大きな話題になった単語には概ね同様の傾向が見られることが分かりました。特定の単語の出現頻度が高くなるほど、平均値との差異(ゆらぎ)が大きくなる。つまり、一気に数が増え、ゆっくりと静まっていくのです。

「べき乗則」のグラフ
(【図1】グラフ、対数グラフともに、「べき乗則」のグラフになっている)
Q ブログやソーシャルメディアに関する研究において、特に着目しているのはどのような点ですか。

 ブログやニュース記事で、特定の事件やトピックが「どれくらいで忘れられていくか(集合的記憶の減衰)」に着目し、数理モデル化しました。例えば、地震、著名人の死去、航空機事故などに関してWikipediaの閲覧数の分析では、ユーザー集団を「イベント直後に閲覧数が下降する一般的な興味の集団α」と「時間が経過しても閲覧が続くコアな集団β」という2群に分けて分析しました。α集団では指数関数的な急下降が見られるのに対して、β集団ではべき関数的な緩やかな下降になっていました。

 さらに、「すぐ忘れられてしまう(指数関数)」から「記憶の定着(べき関数)」の転換点を調べたところ、著名人の訃報については約10日でした。「人の噂も七十五日」といわれていますが、社会経済物理学的な観測では10日程度でライトユーザーによる噂はおさまり、そこから先はコアなファンによって語られていたと解釈することができるのです。

公衆衛生、金融、交通、スポーツなど、あらゆる"ネットワーク"が研究対象になる

Q 現在取り組んでいる研究テーマについて教えてください。

 ソーシャルメディア上でのHPV(子宮頸がん)ワクチンを巡る意見の変遷や、育児系Q&Aサイトにおける意見のやりとりなどを分析しています。また、IT企業と共同で、オンライン動画メディアにおける視聴行動の多様性について研究しています。

 筑波大学内でのコラボレーションも多く、この分野は行動心理学との関連する内容でもあるので、心理学の研究者と議論をしたり、公衆衛生学、医学の研究者と共同で研究を行ったりしています。金融関係の研究者とは、有価証券報告書に書かれているテキストから感情値を割り出し、その値と企業業績の関係を調べています。

Q 研究対象として、現在注目している社会現象はありますか。

 日本は高齢化に向かう世界の中でも最先端にいる課題先進国ですし、近年、社会問題にもなっている高齢ドライバーの問題には注目しています。高齢ドライバーに関するソーシャルメディア上での言説などを分析してみると、事故は減っているとしても、風当たりの強さが増す傾向などが可視化されます。

 少し前から本田技研工業と共同研究を行っており、地方の高齢者の移動をどうするか、といったことについて議論しているところです。将来的に自動運転が普及したら、それがどう変化するのか、といったことにも興味があります。

 自動車での移動はソーシャルメディア分析などとは離れているのですが、"ネットワーク"という視点で見ると、実は共通するものです。家からスーパー、病院というように、点から点へ移動するとき、自動運転ではどのように変容していくか、ネットワーク科学にもとづくツールやノウハウが活用できるのではないかと考えています。現時点で使えるものがないのなら、これから作ることを検討していきます。

Q 物理的な数値データだけでなく、人間の行動やネット上の言葉をデータとして扱うことの難しさはないのでしょうか。
国際会議の写真

 常にノイズとの戦いです。研究を始めた当時からしばらくは、ブログに掲載される日本語形容詞を片っ端から調べるようなことができました。しかし、2010年代頃から、いわゆるスパムと呼ばれる広告がどんどん入ってきて、純粋なデータを取ることが極めて困難になってきました。今は、X(旧Twitter)で広告収益を得ることを目的に機械的なコメントを繰り返し投稿する、いわゆる「インプレゾンビ」などの、AIが生成した文章の扱い方という新たな課題が発生しています。

 そうでなくても、ソーシャルメディア上の言葉を対象とするときは、かなり慎重に行わなければいけません。ある言葉の出現頻度や閲覧数がすごく上昇しているとしても、そのサービスのユーザー数(分母)が大幅に増えているのかもしれませんし、「花粉」のように季節的に増える言葉なのかもしれない。分析をするときには、全体像をしっかりと見極める必要があります。

人間とAIが共に進化する未来を見据え、人間とAIの相互作用を理解する

Q 生成AIなど佐野先生の研究においてAIの影響は少なくないように見えますが、一方で機械学習などを活用することで研究精度を高めることも可能だと思います。AIに関連する研究を行う予定もあるのでしょうか。

 現代の社会はすでにAIによる影響を強く受けています。ソーシャルメディアをはじめとしたインターネット上の表示、商品を推薦するアルゴリズム、生成AIの利活用など、さまざまな意志決定の場面においてAIが介入しています。AIアルゴリズムによって自分と似た意見ばかりを目にし、意見が極端化していくエコーチェンバーや、多様性の低下などが危惧されているほか、生成AIの偽情報によるリスク、情報操作や世論誘導なども危険視されています。

 一方で、人間もAIもお互いの影響によって進化(共進化)しています(図2)。そこで、私たちは、大規模なソーシャルメディア分析によってAIの影響を定量化し、AIエージェントによるシミュレーション(仮想シナリオによる実験)を経て、人間とAIの相互作用を数理モデル化しようとしています。持続可能な善き未来社会に向けた、制度・技術設計の理論的基盤を構築することが目標です。

図2
(【図2】AIが人間から収集した情報をもとに、提供する情報を最適化。その情報を人間が取捨選択したデータが蓄積され、AIの学習がさらに進んでいく。このような人間とAIの共進化について、人間が周囲の他者やAIからの情報を信頼度(重み Wji)に応じて取捨選択し、自分の考えを形成する過程(Ii)や、AIが個人の行動データ(Vji)を集計し、新たな提案を生成する仕組み(Ai)を数理モデル化している。)
Q これから研究をどのように発展させたいか、目標や展望をお聞かせください。

 今後は人間だけで形成された集団ではなく、AIを含むさまざまなものが入り交じることが当たり前の世界になります。新しいテクノロジーが導入される段階に応じてどうなっていくのかを考えていかなければいけませんし、私たちがこれまで積み重ねてきたエビデンス、ミクロとマクロをつなぐノウハウが活きてくると思います。

 私たちが行ったデマ情報の拡散に関するデータ解析・シミュレーション研究では、点在する小さなインフルエンサーを中心に小さなネットワークが形成されて広がっていくことを可視化しています。このようにデマが広がることは良くありませんが、この情報の流れが良い方向に進めば、支え合いのネットワークとして機能するはずです。一方で、NHKや政府による情報発信などは中心から同心円状に情報が拡散されますし、この情報の向きが逆になると誹謗中傷になります(図3)。このようにネットワークの構造を点と線で結んで理解するのが私たちの研究です。

図3

 私の興味の源泉である「ネットワーク」は共通しているので、どんなものにも適用可能な法則性を見つけてモデル化するという点が揺らぐことはありません。「ネットワーク」というものをもっと広く捉えて、動物の行動やスポーツ選手の動きの解析など、デジタルという枠に縛られずに研究を展開していきたいと考えています。