TSUKUBA FUTURE #119:一つひとつの細胞が放つ光を識別する
生命環境系 八幡 穣 助教
地球上で一番最初に現れた生命は微生物です。数々の地球環境の激変を乗り越え、その誕生から約38億年を経た現在も、絶滅することなく生き続けています。目には見えませんが、あらゆる場所に文字通り、数え切れないほどたくさんの種類の微生物がいて、地球環境を維持する上で重要な役割を果たしています。私たち人類は、その存在すら知らなかった太古の昔から、食品を発酵させたり感染症に苦しんだりしながら、微生物と付き合ってきました。しかし実際に、微生物がどこでどんなふうに活動しているのか、どんな能力を持っているのか、まだまだわかっていないことばかり。微生物を一細胞単位で定量的に観察し、その性質を明らかにしようというのが、八幡さんの研究です。
微生物の性質を細胞ごとに知るための指標として、八幡さんは「自家蛍光」に着目しました。自家蛍光は、人間も含め、どんな生物の細胞にもある性質で、細胞内部の構成や特徴を反映することから、細胞にダメージを与えずに、生きたまま診断できる手法として、近年、注目されています。同じ種類の微生物でも、状態によって個体(細胞)ごとに異なる光が放たれますが、微生物はたくさんの個体の集団(バイオフィルム)として存在しているため、これまでは、自家蛍光を測定しても、集団の平均値としてしか検出することができませんでした。そこで八幡さんは、超高感度の共焦点顕微鏡技術と画像処理技術を組み合わせ、集団内の細胞一つひとつの自家蛍光を解析し、集団の中のどの位置に、どのような自家蛍光を持つ細胞がいるかを、データベース化するシステムを開発しました。さらに、AI(人工知能)の機械学習モデルを導入し、それぞれの細胞の性質を予測することも可能にしました。これにより、たくさんの種類の微生物が共存する集団の中から、特定の性質を持つものをスクリーニングしたり、大量培養しなくてもその性質や状態を予測することができます。微生物の応用においては、人間にとって望ましい能力を持ったものだけを集めることが必要。このシステムは、そのニーズに応えるものでもあります。
微生物は意外と繊細。きちんと分析するには、まずよく観察して仲良くなることが大事
学生の頃から微生物を扱ってきた八幡さん。研究活動は農学分野で始まりました。農学は、生物学と工学が一体となって、実学として発展してきた歴史があります。ですから、生物の研究にAIも含めたロボティクスを取り入れるという発想は、ごく自然に得られたと言います。人間とは全く異なる環境やスケールで生きている微生物を、高い精度で観察し理解するためには、画像解析やビッグデータといったツールは不可欠。最近は、高度な専門知識がなくても、そういったテクノロジーを利用しやすくなっているので、その道のエキスパートとのコラボも含め、違った分野に足を踏み入れることに躊躇はありません。
微生物は、環境に合わせて柔軟に遺伝的性質を変えていきます。単細胞という形は保ちながらも、その中身はどんどん進化しています。人間や他の生物がいなくても困ることはありませんが、様々な環境要因には敏感に反応します。そういったセンシング能力は極めて広範囲に渡っていて、種類によっては、光や特定の化合物を感知したり、磁力を検知して移動するもの、人間にとって有用な物質を産生するものもあります。微生物にとっては、周囲の環境に適応しているだけかもしれませんが、そのちょっとした挙動の変化が、地球上の物質循環に影響を及ぼし、巡り巡って地球環境を変えてしまう可能性を考えると、微生物は最も重要な生物だということもできるのです。
筑波大学では「集団微生物プロジェクト」という、微生物をいろいろな観点から研究する大きなプロジェクトが進められており、八幡さんもそのメンバーです。このプロジェクトを通して、微生物の生態が少しずつ解明されてきましたが、新しいことがわかるほど、もっと知りたいことが出てきます。そのときに、分析装置を自分のアイデアで設計することが、ユニークな研究を生み出します。八幡さんの実験室には、微生物の培養や観察のための機器類の他に、3Dプリンタやレーザー加工機なども並んでいて、工作も研究の大事な要素です。いつか、自分で作った分析手法を持って研究室を飛び出し、世界中の微生物の行動や性質を調べてみたい、その思いを秘めて、今日も微生物を見つめます。
腸内細菌や病原菌など、実は馴染み深い微生物だが、
そのことを認識する人は少ない。微生物の面白さをもっと知ってもらいたいと語る
文責:広報室 サイエンスコミュニケーター