社会・文化

TSUKUBA FRONTIER #013:漢字の書を学問する 筆文字の造形追求による自己の発見

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芸術系 中村 伸夫(なかむら のぶお)教授

1955年 福井県生まれ
1978年 東京教育大学教育学部 芸術学科 卒業
1982年 筑波大学大学院修士課程芸術研究科 修了
1988年 筑波大学芸術学系講師
2006年 筑波大学大学院人間総合科学研究科教授


原始的な文字の魅力

 漢字の始まりは、今から3000年以上も前に中国で誕生した甲骨文字です。この時すでに、現在解読されているものだけでも、2000字以上の漢字があり、占いなどに使われていました。常用漢字が2000字あまりですから、数だけ見れば、ほぼ同じです。しかし、その書き方、書体はダイナミックに変化しました。現在、私たちが使っている楷書体になるまでに、篆書(てんしょ)、隷書(れいしょ)、行書、草書、といくつもの書体を経ています。
 特に関心があるのは、文字の源流が見える篆書体。文字という大発明を成し遂げた人々の苦労が現れています。博士論文で研究した、中国の戦国時代の貴族の墓から発掘された棺の中に入っていた730本もの竹簡には、老子の写本が書かれていました。その筆跡を調べていくと、6人あるいは7人で分担して書いていたことがわかりました。わずか7ミリほどの細い竹簡に筆で文字を書く緻密な技術は驚くべきものですが、当時から、整然と書く人も、殴り書きのような人もいました。筆は、鉛筆やボールペンとは比較にならないほど書き方の自由度が高く、とりわけ悪筆にこそ書いた人の真の姿が表れます。

謎の多い書の歴史

 楷書を崩したものが行書や草書、つまり草書が最も新しい書体だと考える人は多いのではないでしょうか。確かに、かつてはそれが定説でした。ところが、大英博物館などに所蔵されていた史料の中から、紙が発明される前の時代に草書で書かれた木簡が見つかりました。隷書が正式な文字だった頃に、その崩し字としての草書が存在していたわけです。西欧の学者が文化財として中国から持ち帰ったものですが、分析してみると文字の変遷という重要な発見をもたらしました。
 ところで、文字を書く技術はどのようにして今日まで伝えられてきたのでしょうか。考えてみるととても不思議ですが、それについて記述された史料はほとんどありません。文字を学ぶことはあまりにも当たり前で、記録するまでもないことだったのでしょう。石碑などに彫られた文字を石刷りして写し取ったという記録が、6世紀ごろの文献にかろうじて出てきます。しかし例えば、その数世紀前に活躍した中国の書家、王羲之。作品は残っていても、こういった人たちがいかにして書を学んだのかは、全く謎に包まれており、目下最大の研究テーマです。

グローバル時代の中の伝統文化

 1976年に日中間の国交が回復した3年後、大学院生だった頃に2年間、国費留学生として北京で過ごしました。厳しい自然環境や貧しい暮らしの中で培われた中国の人々の逞しさや文化、そして文字に対する姿勢を目の当たりにし、衝撃を受けました。その経験は、書や文字への理解を大いに深めました。
 日本には、小中学校の国語科の一部として正しく字を書くための「習字」があり、それが高校では「書道」となって芸術科の中に位置づけられます。さらに書は漢字文化圏特有の伝統文化という側面も持っており、この多面性が、日本人にさえも書をわかりにくくする一因になっています。
 そのような中で、日本文化を世界に発信する活動が盛んに行われ、茶道や華道、歌舞伎などは海外でも知られるようになりました。書も、徐々に紹介される機会が増えています。筆で文字を書くこと自体、いかにも東洋的なパフォーマンスで、書かれた文字も不思議な造形として受け止められます。それだけでももちろん意義はありますが、その先にある本質的な書の面白さ、文字の意味と造形の表現を一体のものとして鑑賞するには、それなりの知識が必要です。中国留学の経験があるからこそ、グローバル時代にあって正しく文化を伝えていくことの重要性も感じています。

自分の発見

 2015年9月に完成した睡眠医科学研究棟のロビーの、幅8mのガラス壁面一面にほどこされた篆書体の作品。「心地よく眠っていると蝶になった夢をみたが、自分が蝶になったのか、それとももともと蝶であった自分が人間になっていたのか...。」という、「胡蝶の夢」として知られる荘子の故事が題材です。14枚の紙に分け、数日間かけて書き上げました。これだけの大作を制作することも稀ですが、多くの人の目に触れ、永く残る作品を存分に創作できたのは、何にも増して嬉しいことです。
 書は一発勝負の芸術です。いったん書き始めたら途中で修正はできません。うまくいかなければ、紙ごと換えて仕切り直し。潔いとはいえ、その度に精神のリセットを要するとてもナイーブな営みです。実際に筆を持つのは数分程度のことですが、そこに至るまでには入念な準備があります。書くべき文字を選び、それぞれの文字について資料を徹底的に調べ、鉛筆で何度もデッサンを重ねて、全体のイメージを固めます。けれども実際に作品を作り上げるカギになるのは、むしろ文字の周りに生まれる空間、いわゆる「間」です。書は、字の上手い、下手ではありません。筆を動かす瞬間の緊張感や余白の響き合いを捉え、文字の造形によって、本当のところは何もわからない自分というものを発見する。それが、文字を書くことの醍醐味です。

 睡眠医科学研究棟ロビーのガラス壁面一面にほどこされた篆書体


 

(文責:広報室 サイエンスコミュニケーター)


創基151年筑波大学開学50周年記念事業