社会・文化

TSUKUBA FRONTIER #045:厄介な隣国との付き合い方を考える

東野 篤子教授の写真

人文社会系
東野 篤子(ひがしの あつこ)教授

PROFILE

筑波大学人文社会系教授、国際公共政策学位プログラムリーダー。 慶應義塾大学法学部卒業、慶應義塾大学大学院修士課程修了、英国バーミンガム大学政治・国際関係研究科博士課程修了(Ph.D)。OECD日本政府代表部専門調査員、広島市立大学国際学部准教授などを経て現職。専攻は国際関係論、ヨーロッパ国際政治。主な関心領域は、EUの拡大、対外関係、国際統合理論。現在はロシアによるウクライナ侵攻についても精力的に発信中。著作に『ウクライナ戦争とヨーロッパ』(分担執筆、UP Plus、2023年)。

EU から見る国際関係

国家間の紛争は当事国のみの問題のように思われますが、
そこに至るまでの歴史的な経緯や他の国々の動向など、多国間の関係性も大きく影響しています。
こうした複雑で繊細なバランスの上にある国際関係を、EUの成り立ちや
周辺諸国との関わりの観点から、さまざまな情報を読み解き、知見を集結しながら探っています。

拡大するEUが直面した課題

自動化技術と法

 第二次世界大戦後に、ヨーロッパ各国間の戦争の防止と経済的統合を目指してEC(欧州共同体)が設立されました。これが発展し、1993年に創立されたのがEU(欧州連合)です。創立当時は西欧の6カ国のみだった加盟国は、現在27カ国にまで増えています。

 冷戦後のEUは東西分断の解消を目指し、冷戦期にソ連の影響下にあった中・東欧諸国との統合も積極的に推進しました。EUに加盟することは、「鉄のカーテン」の向こう側にいた国々とっても悲願でした。そして、そのようなEUの「東方拡大」が進んだ結果、東側の境界線に突き当たったのがウクライナです。ウクライナは長年、ロシアとヨーロッパの間で揺れ動き、また汚職や組織犯罪などの問題も抱えていました。EUからすると「厄介な隣国」だったのです。

 課題や問題を抱えた国はすぐ加盟させるのではなく、支援を行いながら経済関係を強化していくのがEUのやり方です。2000年代前半から、ウクライナとEUの関係構築が進んでいくのですが、ロシアにとっては、それは自らの「勢力圏」の侵害でした。EUはロシアとも関係構築を進めようとしましたがうまくいかず、2022年2月のロシアによる全面侵攻を迎えてしまいます。


思い通りにはいかない国際関係

 ロシアにとってもウクライナは隣国です。民族や言語、文化などの面で共通する部分も多く、ロシアはウクライナを自らの「兄弟国」と見なしているとされます。1991年のソ連解体を歴史的失敗と捉えるロシア人も多い。こういったことから、ウクライナは西側に接近するのをやめてロシアの勢力圏に「戻る」べきだというのが、プーチン大統領の「歴史観」です。外部の我々からすれば確かに理解しにくい考え方かも知れませんが、現在のロシアの行動の動機の一つとなる考え方です。

 ただ忘れてはならないのは、どのような政治と社会を選ぶのか、どのような地域協力に参加するのか等は、それぞれの主権国家の選択の問題です。ヨーロッパの国際関係はそのような原則に基づいて構築されてきたのであり、ヨーロッパ諸国の多くが21世紀の世の中に「勢力圏」的な発想は受け入れがたいと考えてきました。しかし、その考えは真っ向からすれ違います。あるべき秩序の姿とはなんなのか、共通理解を得るのは大変難しいことなのでしょう。

情報の読み解きと知見の集結で

こういった分野の研究で重要なのは情報。OSINT(Open Source Intelligence)と言われる手法で、公開されている情報を統合的に分析して有用な情報を導きます。
 それには、情報を的確に読み解くことが一番大事です。さらに、地域研究や安全保障研究、交渉学等のさまざまな蓄積を生かすことも重要で、各分野の専門家が互いの知見を共有することが求められます。
 それでも、どうやってこの戦争を終わらせるか、容易に答えが出ないのが現状です。どのような停戦条件なら守られるのか、このような侵略が再び発生するのを防ぐことができるのか。研究は直ちに流血を止めることはできず、そこが本当に歯がゆいのですが、それでも可能なことは沢山あります。戦時下の社会をいかに保つのか、国際社会の支援はどうあるべきか。幅広い視点からの分析や提言は、各国の政策にも生かされていくはずです。

目まぐるしく変化する国際情勢を追って

 元々の研究分野はEUを中心としたヨーロッパの国際関係で、ロシアやウクライナは、あくまでEUの重要な隣国としての研究対象でした。それが2022年のロシアによる全面侵攻以降、戦争という現象そのものを扱うようになり、研究の重点が大きく変化しました。それに伴って、これまでの自分の研究の枠組みや課題を見直す作業を進めています。
 目まぐるしく変化する国際情勢は、腰を据えてじっくり研究することが難しい分野ですが、それもまた魅力の一つです。ロシアによる侵略がヨーロッパの国際関係をいかに変容させるのか、中国やインド等との関係はいかに変化するのか、これからも片時も眼が離せません。

筑波大学人文社会系 東野ゼミ

朴教授の写真

 扱うテーマはヨーロッパにおける戦争と平和の問題を軸に、ヨーロッパ国際関係史・政治史、安全保障と防衛、ヨーロッパにおける歴史認識問題や移民問題など、多岐にわたる。ゼミでは学類・大学院ともに、年度の前半はとにかく沢山の本を読み、まとめ、議論する。年度の後半は卒業論文、修士論文などの執筆指導が中心となる。学生の指導にあたっては、各学生の「全力で突き詰めて考えたいこと」を共に探し、言語化するためのサポートに注力している。

(URL:https://trios.tsukuba.ac.jp/researcher/0000000275


(文責:広報局 サイエンスコミュニケーター)

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