社会・文化

CHANGEMAKERS #11 総合商社で培ったノウハウを大学の未来に活かす 染谷 悟 さん

#011

「先駆者の"ファーストフォロワー"でありたい」
総合商社で培ったノウハウを日本の大学の未来に活かす

染谷悟さん写真

三菱商事株式会社エネルギー&パワーソリューショングループCEOオフィス
ITソリューションユニット
総括マネージャー
染谷 悟 (そめや さとる) さん

PROFILE

2008年 筑波大学第二学群生物学類卒業

2010年 筑波大学大学院人間総合科学研究科(修士課程)フロンティア医科学専攻修了

今から15年前、ある宣言をして筑波大学大学院を卒業した男がいた。  「国の税金がもととなる研究費や大学の教育費は人口減少に比例した経済規模縮小により、今度どんどん少なくなっていくでしょう。そうなれば未来の子供たちは学びたくても学べない、研究したくてもできない、そんな環境が増えていくかもしれません。だからこそ私は自分自身が大きなビジネスを作り、日本の経済規模が縮小しないよう努力するとともに、日本の大学、特に筑波大学が独自にお金を稼げるための仕組みづくりをお手伝いしていきたい」。
未来を的確かつ冷静に見据えていた彼が今、新たなムーブメントを作ろうと動き出しているという。

 訪ねた先は丸の内の高層ビルの一室。2008年に生物学類卒業、2010年人間総合科学研究科フロンティア医科学専攻を修了し、現在は三菱商事の商社パーソンとして、世界中の産業を動かすエネルギー事業のデジタル・AI部門で総括マネージャーを務める染谷悟さん(40)だ。今年2月にキックオフした筑波大学と卒業生を結ぶ新たな交流プラットフォーム「KUTTUKUba(くっつく場)」では、大学とともにそのコンセプト作りから卒業生への呼びかけ、当日はファシリテーターとしても携わった、まさにキーパーソンである。
Q 15年前のご自身の言葉を覚えていますか?
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 はい、よく覚えています。大学院の卒業時「つくば生物ジャーナル」に掲載されたもので、今でもたまに読み返しています。民間に進みつつも大学教育に何か貢献したいという気持ちは変わっていません。学生時代は研究に打ち込んでいましたし、もともと大学の先生になりたかったくらい大学に強い想いがあったのですが、向き不向きもあって自分は民間への就職を選んだ。選んだからには民間側の視点で大学に貢献したいと思ってきました。

 筑波大学は日本の中でもトップレベルの教育の質を誇っていると思います。そこに集まった仲間たちと米国アイビーリーグのように宿舎生活を送りながら終電を気にせず交流できて、部活や課外活動も活発。オリンピックやパラリンピックのプレーヤーも数多く輩出しています。最近では秋篠宮家の長男悠仁さまが入学されるなど世間からの注目も増しています。

 一方で、国からの運営交付金等が頭打ちとなるなど、日本の国立大学の財源面での厳しい局面を報道などで耳にするようになりました。大学自身が今の教育レベルやインフラを維持することができるよう、自主財源を確保できるようなシステムが必要だと考えます。

日本の大学の可能性 ピンチをチャンスに

 世界に目を向けてみると、例えば米国スタンフォード大学や英国オックスフォード大学に入学しようとなると家が破産してしまうような高額な学費がかかり、学生時代から借金漬けにならざるをえないような状況があります。しかし日本では、グローバルに通用する教育を欧米よりずっと安く享受することができる。奨学金を得て、アルバイトなどをすれば普通に卒業できる現状があります。これが多くの留学生が日本を選んでいる理由だと思います。

 こうした魅力を上手く伝えれば、まだまだ拡大できるチャンスがあると思いますが、大学の教育自体が魅力的であり続けなければ多様な人材は集まらない。お金を理由にして教育の品質が下がり、大学が衰退していってしまえばピンチです。このような状況に対して、今の自分ができることは何だろうと考えています。

総合商社で培ったノウハウを大学の未来に活かす

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 私はこれまで総合商社で、国や産業モデルを横断して掛け合わせることで収益性を伸ばす取組をしてきました。日本人エンジニアだけで作ると大がかりで高額になってしまう日本の大手飲料メーカーのシステムをインドで当地のエンジニアと一緒に作ることで、コストを大幅にカットするといったオフショア開発はその1例です。ほかにも金融・ITを金属資源取引に掛け合わせ「損をしない取引」づくりをしたり、ブロックチェーン技術を貿易手続きに掛け合わせ「紙を使わない貿易」づくりをしたり、いまはAIを電力ビジネスにかけ合わせており、面白い仕組みを作って収益性を伸ばすプロジェクトをおよそ3年周期で繰り返してきました。

 こうした総合商社で学んだ掛け合わせのノウハウを大学の自主財源を回していく仕組み作りに活かしていくことはできないかと考えています。ややもすると大学教育・設備・研究といった分野は、昨今のAI・半導体業界のようなお金を突っ込んでお金を生み出すような業界に見えない分、競争が少なく、ブルーオーシャンの市場です。開拓しきれていない、例えば大学への愛情・愛着・人的ネットワークといった無形固定資産や、不動産などをインプットにして、大学が収支を回す仕組みを構築し、教育・研究資金をアウトプットにする、可能性はたくさんあると思いますが、まだ誰も開拓できていない。難しい領域であるからこそ解き方はたくさんあるはずです。

 例えば使っていない不動産・土地を現物出資して電力会社と発電所や蓄電所、あるいはAIデータセンターなどをつくり一部の保有権を持つのはどうか。大学自体が電力も計算力も使うので、お客を獲得する労力もかからない。海外企業(特に卒業生がいる大手企業や政府)が日本に駐在事務所・調査拠点を設けたいとなったとき、首都圏に事務所を構えて、住む場所を決め、研究員を現地採用しなければいけないが、筑波大学内にCoworking Spaceを設けて人的ネットワークで海外企業を大量に誘致したらどうか。普通の日本旅行では飽き足らない観光客に、大学生とキャンパスを回り、学食を食べ、元五輪メダリストのスポーツ講座や、デザインの授業を体験してもらう観光ツアーを提供するのはどうか。スタンフォードだったら既にやっていそうだと考えると、日本の大学には無限の可能性が眠っていて、掘り起こされるのを待っているかもしれない。

 今年2月に始動した「KUTTUKUba」は、昔の仲間と当時を懐かしむことが主目的の同窓会とは全く異なる立ち位置にある。集まる人に共通しているのは"筑波大学"だけで、年代もバックグラウンドもさまざま。初対面の在校生やOBOG、教員らが一つのテーマを元に集まり、情報交換し、よりよい未来のために語り合い、新たな人脈を作っていく。むしろアメリカの大学で盛んなネットワーキングに近いスタイルだ。
3者対談の様子

 今回のKUTTUKUbaでは、参加者同士で具体的な学生インターンシップイベントの企画や、フィリピンで英会話塾を行っている卒業生が渡航学生を受け入れる授業が生まれるなど、ビジネス交流も活発だったと聞いています。また、学長や副学長らが大学の法被を着て現役学生起業家や卒業生とお酒を飲みながら「起業」について語り合ってくれ、つくばで保育園を立ち上げ中の卒業生は学長に背中を押してもらったと言っていました。普段あまり会えないような人たちが講演などではなく、普通に横にいて話すことができる。それってむちゃくちゃ価値があることだと思うんです。このような場にお金を出しても行きたいと思う人たちはたくさんいる。今後も訴求力のある様々なテーマを打ち出してKUTTUKUbaを開催していければいい。筑波大学はこのような「接点価値の最大化」をやり続ければいいのだと思います。

Q 大学寄付金の新しいモデルについても提案されていますね。

 日本の国立大学法人はアメリカなどに比べて、卒業生とのつながりが希薄です。大学の資金不足についてもあまり知られていませんし、個人の寄付文化も根付いていません。でも大学に愛着があって、大学が困っているなら何かを提供したいと思っている潜在層は卒業生にたくさんいると思います。こうした人たちに直接大学へ寄付してもらうのはハードルが高いかもしれませんが、例えば、自分の財布を痛めない、ふるさと納税のようなプランをうまく活用するとハードルはぐっと下がると思います。ふるさと納税のうち何分の一かを筑波大学に寄付してもらい、そのリターンとして、現役の学生さんからお礼の手紙が来たり、部活やサークルの報告会へご招待、応援するスポーツチームや選手(過去であれば三笘選手など)のサイン入りグッズや握手権など、モノではなく体験や権利を得る等 大学愛にお応えする返礼品を提供する。学生と卒業生の関係構築にも寄与すると思います。

お世話になったものにお返しがしたい

 なぜ筑波大学の未来に貢献したいのか。私自身のモチベーションとしては「お世話になったものにお返しをしたい」という気持ちが強い。自分のステージが変わっていくときに自分を受け入れてくれる方たちがいなければ次のステージに行けなかった。三菱商事が自分を受け入れなかったら今の生活はなかったし、その前の筑波大学が受け入れてくれなかったらそのステージにも立てなかった。誰かが多くの可能性の中、自分を拾ってくれたから今ここで生きている。だから今、自分が持っているリソースの中でお返しをしていきたいのです。

 在学中は「学内で最も顔が広い男」と呼ばれ、6年間でボランティアを中心とした19以上ものサークルやNPOに関わり、リーダーとしてプロジェクトを率いることも多かった染谷さん。しかし意外にも高校まではチームプレイが苦手で人と関わらないタイプだったという。「筑波大学での6年間はまさに人生の分岐点であり、転換点だった」と振り返る染谷さん。大きく変わるきっかけとなった二つの大きな出来事とは?

筑波に来て戦うフィールドが変わった〜きっかけは学類長の言葉

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海保 香織(かいほ かおり)さん
1994年 第二学群日本語・日本文化学類卒業
元NHKチーフプロデューサー
現在はアドバイザーとして本学広報を支援

 一言で言えば筑波大学で過ごした6年間ですごく人間的になったと思います。高校までは、塾に行ってその日進めるべき教材のページ数をこなし、成績を上げて東大医学部に行く、みたいなことが自分のKPIでした。かなり尖っていて、独りよがりなタイプだった。

 そんな私が筑波に来て戦うフィールドが変わったと感じた瞬間があります。それは入学直後、当時の学類長だった林先生の挨拶を聞いた時です。

 もともと私は東大医学部に行って医師になるというキャリアを描いていたのですが、センター入試の結果、志望を筑波大学生物→医学の研究者に変更し、筑波大学に拾ってもらった。どうせ勉強では一番になれない。そんな気持ちで入学した私に林先生が語った言葉は今もしっかり心にメモされています。「今ここにいる人の中には満たされない思いで生物学類に来ている人もいるかもしれない。でもみなさんが憧れるようないい大学や学部は昔誰かが作ったブランドです。もし今あなたが満足していないなら、卒業時、あるいは30年後、あなた自身がいいブランドだと誇れるような生物学類を作ってください」。そうか、そうなった方が面白いだろうな。筑波大学がもっと世界に誇れる大学になったら、その卒業生ってむちゃくちゃブランド価値、髙いだろうなと。なんなら自分もそこを作るのに貢献出来ていたら、それもむちゃくちゃカッコいい。

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 そこで訪れた転機が学類2年のオープンキャンパスです。当時のオープンキャンパスを大学の先生主体で行ったら初日、高校生から質問が全くでなくて、その日の夜 先生たちと学生ボランティアとで反省会をしていたら、「先生だと距離ができ過ぎるのかもしれない、思い切って学生に全部任せられないか?」と言われたので内容を学生自ら企画してみました。それまであまり評判の良くなかった難しい話は思い切ってカットし、マンチェスター大学への留学や勉強の内容など、高校生が入りたいな、すごいところだなとワクワクするようなコンテンツに絞りこんだのです。また自分で司会進行をして、何でも答えますという雰囲気を出したところ、高校生からの質問が止まなくて、大学への質問も出てきて、参加した高校生の満足度が、アンケートで70%から90%に上がったときは嬉しかったですね。

「徹底的に人と関わる」を自分の軸に

 大学受験で「頭を使う」だけではその分野の一番になれないと思ったので、大学生活では「徹底的に人と関わること」を自分の軸に入れようと思い、小中学校時代にアメリカで取り組んでいたボランティアの門をたたくことにしました。

 そうして飛び込んだ「社会福祉研究会」では毎週金曜日に土浦市の児童養護施設に行って、ボランティアで子どもたちに勉強を教えていたのですが、「勉強の習慣をつける」ことへ徹底的にこだわったところ、お子さんの本来の才能が開花して偏差値39の子が67の高校に特進合格し、卒業式にも家族席で出席し大きな達成感を得ました。そして、染谷という一人の人間の成長よりも、「関わることで大きく伸びる可能性ある人を見つけ、関わること」が社会的な価値を増す。「チーム」というものに自分の価値をレバレッジする(伸ばす)要素が詰まっていると考え始めました。

 学生の活動を応援するプラットフォーム「T-ACT(つくばアクションプロジェクト)」の立ち上げでは、もともと友人が持っていた夢を設立提言書にして高橋副学長に直談判を重ね、検討期間を経て、文科省の資金も入って正式に立ち上がることになりました。T-ACTで印象に残っている企画としては「夢花火」があります。筑波大学附属病院に入院している子どもたちに「いつか夢が叶う」瞬間を見せたいという気持ちから、子どもたちが描いた絵を花火にして学園祭で打ち上げ、病床から見てもらうという企画です。私はクラウドファンディングで30万円の予算を集めることを手伝いました。「人工衛星プロジェクト結」では衛星の打ち上げ予算を集めた他、先生から会社を作りたいという話を頂き、「WarpSpace」という会社の設立までフォローしました。誰かの夢を一緒にかなえていく楽しさ、人と関わる楽しさにハマるきっかけはT-ACTにあったと思います。時に、支援の方法やチャレンジが、独りよがりで突っ走って失敗することもあるけれど先輩や仲間が叱咤激励と共に、暖かく受け入れて下さり、チャレンジが続いていきました。

 たくさんのプロジェクトに関わりましたが、自分の立ち位置はあくまでも「立ち上げ屋」。誰かの夢や、やりたいことへの想いを聞いて、その競争優位性を突き詰めて、一緒にやってくれる人やお金・情報・技術を集めて、大体2年くらいでうまく回る仕組みを作って卒業する。それが生業。人と関わることが苦手だった私がここまで変わった筑波大学での6年間はまさに人生の分岐点、転換点だったのだと思います。

 「自分は常にファーストフォロワー(=味方のいない人の最初の味方)でありたい」と語る染谷さん。
ファーストフォロワーとは、新しい取り組みを始めようとする先駆者に最初に参加、同調し、それを広める役割を果たす重要な存在で、特にスタートアップ業界ではムーブメントを生み出す大切な存在とされる。味方のいない人の最初の味方になりたい。その想いの裏には、ある原体験があった。

自分は常に"ファーストフォロワー"でありたい

 子どもの頃、私の家は貧しくて朝6時になると両親が二人とも新聞配達に出かけていました。毎日、朝が来るとバイクの音と共に両親が家から出ていく。「自分、何か悪いことしちゃったかな」「帰ってこなかったらどうしよう」寂しくて寂しくて、脱腸してしまうほど泣き叫び、道路に出て親を追いかける毎日だったそうですが(笑)当時住んでいたアパートの大家さんがその度 保護してくださって今も生きています。

 その後の人生も、エネルギー量の高い、でも頭のおかしい生活や挑戦をし続けてきた気がしますが、たっぷりの愛情を注いでくれた両親・家族、いつも味方になってくれる妻に支えられ、今まで染谷は染谷の生き方を貫いてきました。

 スタートアップ業界でも、たくさんの頭の変わった人が踊り狂うかのように新しい挑戦を始めるけれど、周りのガヤが面白くないと「あいつ変わり者だな」で終わってしまう。周りのガヤで1人でも、「お前 おもろいやん!」とダッシュで近づいてきて一緒に踊ってくれると、冷ややかだった周りの人たちも「あれ、なんか楽しそうだな」と踊りの輪が広がってお祭りになり、いつのまにか「乗り遅れるな!」と大きなうねりになっていく。実は世の中を変えるために一番必要なのは挑戦者ではなく、最初の応援者ではないか?それがファーストフォロワー理論です。

 私は両親や妻など心温まるファーストフォロワーに支えられているので、私自身も頑張っている人や味方がいない人の最初の味方になる。それが私の"なりたい像"です。

 大学と卒業生の新たな接点を作ろうと立ち上がったKUTTUKUbaは、今まさに、染谷さんというファーストフォロワーを得て、新たな輪が広がりつつある。
 この4月から卒業生の伊藤 一成 さん(2012年 教育学類卒業)が民間から筑波大学に転職。事業・ファイナンス局 事業・リレーション推進室の一員として大学と卒業生、現役学生の接点作りの新たな戦力に加わることになったのだ。
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伊藤 一成(いとう かずなり)さん
2012年 人間学群教育学類卒業
筑波大学職員 「筑波大学の会」代表

伊藤 私はとにかく大学愛が強いタイプ。学生時代は、全代会、やどかり祭などに打ち込み、大学側に掛け合って大学グッズを商品化して完売した経験もあります。教育学類を卒業後は、ウエディング業界で13年間働いていたのですが、筑波大学とのつながりが薄れていってしまうのが嫌でFacebook上で卒業生のコミュニティ「筑波大学の会」を立ち上げました。4000人を超えるネットワークに成長しましたが、大好きな筑波大学にもっと何か恩返ししたいという気持ちがずっとありました。また、卒業後活躍している人がたくさんいるので、みんながつながれば社会に貢献できる何らかのインパクトを起こせるのではないかとも思っていました。

 そんなとき、まさに奇跡の出会いとでもいうのか、ちょうど染谷さんからFacebookでメッセージをもらったんです。「今度 大学を手伝うことになったんだけど、一緒にどう?」と。実は、KUTTUKUbaの立ち上げに当たっては、筑波大学側が帝国データバンクの情報をもとに100人以上もの卒業生をたどり、連絡をとるという地道な作業があり、その中で染谷さんから「筑波大学の会」立ち上げ人である私のことを大学にご紹介いただいたのです。卒業生同士の繋がりの希薄さとか、大学が抱える課題など、お互いの問題意識も合致しました。卒業生と大学の接点作りや緩やかな連携コミュニティについて語り合って、僕は転職して自分で入り込んでしまおうと考え、この世界に飛び込みました。染谷さんと話す中で卒業生として自分ができることを地道にやっていきたいと思っています。

染谷 民間で執行役員まで務めた経験がある伊藤さんのような人が大学の職員になって実績が出てくれば、さまざまなキャリアを持った民間人材が大学に集まる新たなきっかけになると思います。伊藤さんとともに、僕自身も大学を"むちゃんこ応援するバカ"であり続けたいと思っています!

筑波大学と卒業生をつなぐ新しいプラットフォーム
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[聞き手/構成 海保香織(1994年 日本語日本文化学類卒業)]