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TSUKUBA FUTURE #049:人工知能は大学合格の夢を見るか?

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数理物質系 照井 章 准教授


 学校で勉強する数学では、公式に沿って正しく計算すれば比較的単純な形で解が得られます。ところが現実の理工学の世界で生じる問題は、変数が膨大になったり、係数が複雑になったりしてしまい、公式に当てはめても解が求まらない場合があります。照井さんが取り組んでいるのは、そういった数式で表された問題を計算機(コンピュータ)で解くためのプログラム、すなわち「数式処理」のアルゴリズムを作る研究です。アルゴリズムとは計算の手順のこと。同じ問題でも、解き方の戦略によって、計算の順序や回数が異なります。コンピュータで計算するのにも、効率よく高い精度の解を求めるための戦略が必要です。


 もともと、数式処理のアルゴリズムは、誤差のない数式を扱うことを前提にしています。しかし、現実の問題で取り扱う数式は、誤差を含むことがしばしばあります。誤差を含む数式で表された問題を従来のアルゴリズムで解こうとしても、うまく解けるとは限りません。そこで、誤差の度合いと解の精度の関係を調べたり、誤差があっても意味のある解を導き出せる条件を探索したりしながら、誤差を含む数式で与えられた問題に対しても、できる限り意味のある解を求めるアルゴリズムを考えます。筑波大学はこの分野で伝統があり、新しいアイデアに基づくアルゴリズムを開拓してきました。


 照井さんは、これまでの研究に加え、今、数式処理による新たなジャンルへのチャレンジを広げています。そのチャレンジのひとつが、人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」。人工知能(東ロボくん)に大学の入試問題を解かせて、東大合格を目指そうという試みです。国立情報学研究所が中心となって進めるこのプロジェクトに、照井さんの研究グループも数学で参加しています。研究室の5人の大学院生がプロジェクトに参加し、そのうち2人が、入試科目のうち、数学の数列・関数に関する問題を解くアルゴリズムの開発をそれぞれ担当しました(残る3人も、数学の問題を解くアルゴリズムに関連する基礎研究に取り組んでいます)。


数式とフローチャートを用いた説明はお手の物

数式とフローチャートを用いた説明はお手の物


 人工知能なら数学の問題ぐらい簡単に解けるはず、と思いきや、なかなかどうして、そういうわけにはいきません。コンピュータが扱えるのはコンピュータの言語だけです。人間の言葉(自然言語)で書かれた入試問題をコンピュータ用の論理式に翻訳するところから始めなくてはなりません。しかも、その場で初めて見る問題を制限時間内にひとりで解くという受験の条件は、人間と同じです。たとえば東ロボくんは、問題文に出てくる「円」「三角形」「滑車」「バネ」などの単語は理解できませんし、数字が並んでいるパターンから何らかの規則性を見つけるというようなひらめきもありません。私たちが日常的に認識しているごく簡単な知識やそれらを関連付ける作業を、数式で表すのはとても難しいことなのです。原理的には問題を解けるようなアルゴリズムであっても、問題によっては試験時間内に計算が終わらないようなものもあるので、現実的にはアルゴリズムのさらなる改善が必要ですし、どんな人工知能でも、証明問題や確率問題にはほとんど手が出ないというのが現状です。


研究室には19世紀の数学者ガウスの肖像と正規分布が描かれた10マルク紙幣が

研究室には19世紀の数学者ガウスの肖像と
正規分布が描かれた10マルク紙幣が


 子どものころからコンピュータと音楽に親しんでいましたが、中学まではホルン奏者になるのが照井さんの夢でした。今でも、アマチュアオーケストラや、プロとアマチュアの音楽家によるオペラ公演に参加して演奏を続けています。ホルンとアルゴリズムは全く違う世界。楽器を演奏すると気持ちがリフレッシュされて、研究にも集中できるようになります。数学に関心を持ち始めたのは高校に入ってから。未知の技術であった人工知能に憧れ、情報科学を学びたいと考えていたところ、本学出身の数学の先生に、コンピュータを研究するなら数学だとアドバイスされたそうです。特に得意な科目というわけではなかったのですが、その先生の影響で、先生が立ち上げた数学同好会に入会し、自分が面白いと思う数学を勉強し始めました。


 照井さんが数学を志してセンター試験を受験したときの数学の点数(自己採点)は、今年(2015年)の東ロボくんに追い越されたそうです。しかし人間は、ペーパー試験だけでは測れない素晴らしい能力を秘めています。いずれ、人工知能がそれを超える日がやってくるかもしれません。それでも、人間と人工知能とが協調できるようなアルゴリズムを作るのも人間です。コンピュータ技術はハードウェアの面でも大きく発達し、解ける問題が飛躍的に増えています。それにつれて解きたい問題もどんどん出現し、課題は尽きることがないそうです。


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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