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筑波大学附属視覚特別支援学校 創立150周年式典が敢行
国立の視覚特別支援学校としては唯一の学校として、視覚障害教育を推進し、先導してきた筑波大学附属視覚特別支援学校が150周年を迎えました。
そして11月1日、記念式典が東京都文京区目白台の校舎内で開かれました。
1876(明治9)年12月22日を創立記念日としている本校は、「東京盲学校」として分離した翌年の1910(明治43)年に、現在の目白台の高台に移転しています。
1937(昭和12)年には、ヘレン・ケラー 女史も来校しています。
2007(平成19)年に、文部科学省令の改正により筑波大学附属視覚特別支援学校と改称し、現在に至っています。
式典には、秋篠宮皇嗣妃殿下のご臨席を仰ぎ、文部科学大臣政務官の山本 大地 様、スポーツ庁の河合 純一 長官(本校卒業生)、筑波大学永田 恭介 大学長、附属学校教育局の呑海 沙織 教育長(副学長)をはじめ多くの来賓者をお迎えしました。そして、教職員、小学部、中学部、高等部の児童生徒たちも参列しました。
冒頭の式辞で森田 浩司 校長は、来賓者、参列者や保護者などに謝意を述べつつ、次のように語りかけました。
「本校が大切にしてきたのは、一人一人の可能性を信じ、その成長に寄り添い、自ら学び、考え、社会の中で主体的に生きる力を育むことです。その支えは、歴代の教職員の知恵と経験の積み重ねであり、本校のかけがえのない財産になっています。保護者の皆様、温かい御支援を寄せてくださっている皆様に心より感謝申し上げます。」
「教職員一同、視覚障害教育の更なる充実と発展に全力で取り組んでまいります。」
来賓の秋篠宮皇嗣妃殿下はお言葉の中で、次のように述べられました。
「私は幾度もこの学校を訪ねる機会をいただきました。それぞれの教室や体育館、グラウンドに足を運び、生き生きとしたお話や美しい歌声、豊かな音色に耳を傾け、ときには手でふれ、香りを感じながら植物の特徴をとらえる授業に参加し、ときにはボルダリングやサウンドテーブルテニスを教えてもらうこともありました。皆さまの元気な挨拶や弾んだ話し声が響き、活気にあふれ、課題には真摯に取り組み、学びと向き合っている様子が心に深く残っています。」
「筑波大学附属視覚特別支援学校に関わる皆さま一人ひとりの努力や活動の積み重ねが、これからも見えない人・見えにくい人・見える人の「点」をつなぎ、視覚障害教育が一層発展するとともに、インクルーシブな社会の実現に結びついていきますよう心から願っております。」
この後、山本 大地 文部科学大臣政務官、それに筑波大学の永田 恭介 学長の祝辞が続きました。
そして、幼児児童生徒を代表して、高等部生徒会長からの「喜びのことば」が述べられ、校歌斉唱で式典を締めくくりました。
筑波大学附属視覚特別支援学校は、「日本点字発祥の地」とも言われています。150周年式典の日取りは、1890(明治23)年に当時の教員(石川倉次)が生徒と共に作成した点字の案が、日本語の点字として決定されたのが11月1日であることにも関係しています。
150周年を記念して発刊した記念誌には次のような記述があります。
『本校の特色として、歴史的継承の中でも最も大切にしてきた教育に、点字による学びがあります。点字は、墨字利用の難しい視覚障害児者に最適な文字として、学習の定着に深く関与し、構造化された記憶と論理的思考を支えるものとして今日に至っています。
それは、ICTやAIが進展する現在においても、六つの点を触覚で把握するという明快な手段において、その価値を不変のものとしています。』
150周年のキャッチフレーズは、「"点"と"点"がつながる 歴史と伝統」です。
『本校は「積極的に社会に参加し貢献することのできる人間を育んでいく」ことを教育目標に据え続けてきました。(中略)卒業生が、大学教授、弁護士、教職員、公務員、演奏家、システムエンジニア、鍼師・灸師・あん摩マッサージ指圧師、理学療法士をはじめとして社会に貢献している姿は、まさに私たちが紡いできた教育に大きな励みを与えています。
今後も、共生社会を実現し、グローバルな視野をもって活躍する人材を育むことで、学校の未来を切り開いていきたいと決意するものです。』
(記念誌から)